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こんなにも、愛しているのに
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15:2008/02/15 AM10:50


 出発地点となったD-08エリアにある小学校から歩くこと30分。地図でいうG-09エリア、ロープウェー乗り場の近くまでたどり着いた。このあたりの観光場所の一つなのだろう、ロープウェーエリアの周りには土産物店の看板を掲げた店が立ち並んでいる。主をなくした建物たちは、ものさびしげに「そば・うどん」と書かれた旗を揺らしていた。
 先を行く結城鮎太(24番)の足取りに不安は感じられなかった。彼は頻繁に別荘に行くのだろう、そのためにこのあたりの地理を熟知していてもおかしくはない。自分らの学校・菊花学園高等学校からここ、静岡県上田市まで電車で30分ほどである。鮎太はときどき後ろを振り返り、一ツ橋智也(21番)の足取りを案ずる。ロープウェーがあることから察せるように、このエリアからいきなり坂道が登場する。目の前に立ちはだかる山は見積もっても標高350メートルほどか。頂上まで登ればきっと伊豆の海を見られただろうが、あいにくここの場所の電気はすべて止められているためロープウェーを使うことはできない。


 この先、一ツ橋智也は結城鮎太の別荘に向かう。冷泉院閏(担当教官)の説明があったとき、彼の別荘がこのエリア内にあると示唆したその瞬間から、智也は彼の別荘に潜り込むことを決めていた。なにせこのプログラム会場は大部分が住宅地。隠れるにはもってこいの場所だが、すべての家にカギが閉まっていることは間違いない。住民は避難していると聞いた。当然このプログラムとやらは最後のひとりまで生き残らなければならないのがルールである。だが、必ず人を殺さなければならないというルールは聞かされなかった。


 人を殺したいわけではない。智也はこれまで散々「殺すぞ」とか「死ね」などと人を罵ってきたが、それと今の状況とは別の話である。高校生にもなって馬鹿みたいに自分の手を汚してまで勝ち残ろうとは思わない。
 ――そんな野蛮な事をするものか、ましてやこの俺が。俺は俺なりに生き延び、お前らが無様に罵り合い殺しあっていくところを拝見させてもらうよ。
 「ここだよー」
慣れた足取りで前を歩く鮎太が指さしたのは、コテージのような作りの家だった。最近できたのだろうか、それとも建て替えたのか、外壁としている丸太はニスでピカピカに光っていて、損傷も見当たらない。きれいな家だった。隣家は数十メートル離れたところにあるので、林の中にこの家がポツンとあるだけのようである。「父親がこういうのが趣味でさ、よく弟と一緒に来たんよ」こういうのを作るためにね、といつの間にか私物カバンから取り出した自作ロボット――鮎太はメカ澤と呼んでいる――を指差した。
 彼曰く、鍵は玄関の横にある植木鉢の下に隠していたらしい。小学生レベルのカギの隠し方だとは思ったが、このような田舎の町では住居侵入もまれなことなのだろう。そういえば地元静岡のローカルニュースではめったに犯罪報道は行われない。鮎太は腰をかがめてそっと植木鉢を動かした。とその時、智也は鮎太が左手をコートのポケットから出そうとしないことに気づいた。両手を使えば難なく動かせるのに、彼は数回試した後でやっと左手を出した。鍵を取ると、すぐ左手をコートのポケットにしまいこんだ。
 確かに今日は2月15日、静岡といえども朝晩は冷え込む。寒いのはわかるがなぜ、彼はこんなことを?瑣事ではあるが、智也は気になった。
 
「さあ、中へどうぞ」友人を家に招き入れるかのように鮎太は微笑みをたたえて手を差しのべた。鍵がかかっていて窓に破損がない以上、何者かが既に侵入しているとは考えにくいが、突然襲われる可能性は無きにしも非ずであるため、智也は家の中に入るとまずは人が隠れそうな場所を徹底的に潰した。鮎太はそれを遠巻きに見ていた。いくら彼がおめでたい人間でも、首に爆弾を巻かれているという現実がある以上、それを止めることはできなかったはずだ。
 玄関から土足で上がらせてもらった。家主のいる目の前でこんなことするのは気が引けたが、いつでも逃げられるようにという配慮もあってしかるべきだと智也は言い訳をする。  
 「あっ……俺、何か飲み物探してくるよ! 自家製の梅ジュースとかあるはずだから!」
 政府側から支給されたバッグを下し、コートを脱いで今から出て行った。智也は居間に置いてある革製のソファーに腰を落ち着けてから、居間から庭に通じる窓を見た。窓越しに見えるのは、こちらもコテージ風の小さな倉庫。いや、作業場ともいえる場所だろうか。あれが結城鮎太の工房なのだろうと智也は閃いた。

 結城鮎太といえば菊花学園でも数少ない、成績が悪くても“認められる生徒”であった。なぜなら彼は自ら友人を率いて物理研究会を立ち上げたかと思ったその年に、全国レベルのロボットコンテストで優勝してしまった。知る人ぞ知るロボットコンテストといえば、ものづくり技術水準が高いこの国では相当ハイレベルな戦いである。たとえばコントローラーでロボットを操作し、いかに速くボールを所定の位置に入れることができるか、などの競技が毎年行われる。優勝候補はほぼ高専が占めていたのだが、そこに旋風のごとく現れたダークホース、菊花学園高等部2年、結城鮎太。優勝したことによりその名は全国にとどろき、全校生徒の前で塾長(菊花大学のトップのことを指す)に表彰されたほどだ。
 彼の母親はその道の教授だと聞く。彼がものづくりの道に歩みたがる理由もなるほどわかる気がする。智也は自分の息で曇ったメガネのレンズを拭いた。
 惜しい人材を、国は切り捨てようとするものだ。
 いずれにしろ、俺はこのプログラムに巻き込まれる存在だったわけだ。俺は国でも屈指の人間だから。
 元をたどれば一ツ橋智也その人自身が、国が主導して行う全国高校統一テストで1位を取ったことがこのプログラムに選ばれた理由となる。虹組のクラスメートに恨まれても仕方がない。もし彼が成績順でクラス分けされているその一番上のクラスから、ただなんとなくという感情の元に虹組という一番下のクラスに来なければ――彼らは助かっただろう、胸をなでおろしただろう。(そして同様に、松組の生徒たちは智也が虹組に行ったことを喜び、プログラムに選ばれなかったことを内心ホッとしていたに違いない)
 成績が1位であったことをおごるわけではない。それが当たり前だから特に感じることはなかった。政府側の理不尽な選抜理由に対しても目くじら立てて糾弾する気もなかった。
 何故なら――俺が生き残れば後はどうでもいい、そうだろう?――生き残るのは“優秀な人間”、後世にまで影響を及ぼすべき人間、それはこの俺、一ツ橋智也。菊花学園の大学は医学部こそないが、別の大学の医学部で学び、そして最高峰の医者として生きるように、そういう親の作り上げた“運命”とやらに処せられている。
 それでもなお彼はこう信じていた。俺は今、この場所で23人の犠牲者を出すが、その何倍もの人を救ってみせる、と。
 最初に智也が考えたように、彼は自分の手を汚すつもりはなかった。ただ誰かが誰かを殺すことをオブザーブしているだけ。しかし身に降りかかる何らかのアクシデントは想定される。自衛のためにまずは何か、“これ”に変わるものを見つけなければならない。
 智也は支給バッグのジッパーを開けてそっと中に手を入れた。そこに入っていたのは銀色のアルミで包装されたA4サイズの箱――何かと思えば、手術セットだそうだ。担当教官の冷泉院閏を取り囲んでいた兵士たちが持っていたようなライフルでも支給されるのかと思えば、その箱の中に入っていたのはメス、縫合用の針と糸、注射器、薬ビン、脱脂綿。武器としてつかえそうなのはせいぜいメスだ。白兵戦でもやれというのだろうか。
 この道具にとり替わるものは――智也は鮎太の支給バッグを取り上げた。中を手さぐりで探すと、何か固いものに触れた。ワインのコルクのようなものだ。期待を込めつつ取り上げると、それは牛乳瓶に白い粉が半分ほど入っていて、ラベルには「ULLIK」と記載されていた。
 「……うり……?」
 聞きなれない言葉ではある。ラベルにはご丁寧にDENGERと記してあるので、おそらく毒薬か何かだと予想される。持っていて悪いものではなさそうだな、と思い、智也はその瓶を自分のバッグの中に入れた。智也は部屋を見渡す。目についたのが虫を退治するようなスプレー缶だった。近くには着火剤もある。すぐさま手を伸ばしそれらを奪った。
 また、彼は鮎太のコートにも手を伸ばした。不自然に感じられたあの行動……コートのポケットから手を抜こうとしなかったあの行動。それが智也に不信感を植え付けたのだ。手を伸ばし、見つけたのは小さな紙切れであった。鮎太はずっと握っていたのだろう、既に皺くちゃになって多少湿っているようにも思えた。
 智也はためらわずにその手紙を開く。

 アユへ
 単刀直入に言うと、俺は脱出をもくろんでいる。当然、この首輪がある限りこのエリアから出れば首が飛ぶ。だからアユの力が必要だ。
 俺はアユの技能を信じている。どうか、この首輪を解体し、全員でここから脱出しよう――

 筆跡とそのきざったらしい内容を見て、すぐに誰が差出人かわかった。
 ああ、おまえだろ?……明史。
 明史の筆跡には特徴があり、平仮名は小さく、漢字は大きく書くという不揃いな文章を書く男だ。それにこの1年間、伊達にいつも一緒にいただけではない。クラス委員長の黒木明史(06番)は智也にとって認めるべきリーダーシップがあり、一方で――……とにかく、興味深い人間であった。
 だから彼が仲間を率いて脱走しようということ、そして機械に関してはトップレベルのスキルを持つといってもいい結城鮎太に首輪の解体をさせようと目論んでいることも納得がいく。
「な、る、ほ、ど……」
 蚊の羽音より小さい声で智也はつぶやいた。黒木明史は、“脱出”をしようとしている。それも、『ノアの方舟』と名付けられた計画で。つりあがる口角を手で覆って抑えた。智也には彼が何をしようとしているか理解できたからだ。
 ――なぁ明史、おまえは神様にでもなったつもりなのか?片腹痛いぜ、まったく。
 彼はテーブルの上に置いてあるペン立てから無造作に一本ペンを取り出し、手紙に文字を書きくわえた。
善 悪 の 彼 岸


 不思議なことに、誰かに襲われるかもしれないという恐怖感などはすっかり吹き飛んでしまった。徐々に早くなっていく鼓動と呼吸数を落ち着かせようと口元に手を持っていく。そう、智也は明史のたてたノアの方舟計画はすっかり入り込んでしまったのだ。彼は手紙を鮎太のポケットに戻すと、足音を立てないように家から出て行った。

「一ツ橋くーん! ごめんね、なっかなか梅ジュースが見つからんかったんよ~」
 お盆にグラスを二つそろえて小走りで戻ってきた鮎太の目に、智也の姿は映らなかった。
「……智也君?」
 あたりを見回したが、智也の姿は忽然と消えていた。鮎太が彼の手紙に記された「善悪の彼岸」の示す意味を知るには、まだ早すぎた。




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