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こんなにも、愛しているのに
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11:2008/02/15 AM09:45


 あの人は不思議な人だと里見香春(11番)は思った。深紅のドレス、白亜の仮面、ベレー帽から見える見事なまでのクジャクの羽の飾り。それらで包まれたその外見はもちろんのこと、担当教官としてのその言動までがおかしいところだらけであった。
 ――私もかつてそうでした。プログラムは生きることの大切さを学ばせてくれます。教科書にかかれたことではなく、その身をもって。私もプログラムに絶望しました。ですが得るものもありました。そうして今ここにいます。
 香春は勘が良かった。この担当教官の冷泉院閏はプログラム経験者なのだろうとすぐに察知することができたのだ。彼女は垂れた目を細めてふっと息をはき、隣に座っていた栗原壱花(05番)の制服の袖を引っ張った。

「壱花……ハル、怖いよ」
 そのがっちりした腕に自分の体をぴたりと押し付けると、首輪の冷たさがひやりと食い込むのを感じた。――近付けば近付くほど、冷たいものが己の首に食い込む―― 「ハルたち、死んじゃうのかな?」
 そっと見上げるとすぐそばに壱花の顔があった。彼女は一寸だけ悲哀に眉根をひそめたが、すぐにいつもどおり太陽の様な笑顔を浮かべて「大丈夫だ! 香春!」と小声ながら力強く答えた。
 その世界に名を知らぬ者はいないと言わしめたソフトボール部キャプテン栗原壱花。誰からも好かれる男勝りのリーダーが今、特別プログラムとやらに囚われて命の危機にさらされているなどと一体全体誰が想像できようか。

 しかし彼女は気丈だった。すでにその目の前で2人、そして見えぬところで1人、クラスメートが死んでいる。それなのに、彼女は強かった。もう二度と誰も死なせやしない――煮えたぎるほどの熱い意志が彼女の横顔から見て取れた。
 ああ、この堅牢な意思が人々を引き付けるのだ。香春はふっとこの場所に連れてこられる前のことを回想した。バレンタインデーというチョコレート業者の陰謀にまんまとはめられた女子生徒が群をなしてバスに近付いてき、栗原壱花の到着を待っていた。彼女らはみな、壱花の吸引力に吸いつけられてきた人たちであるのだ。


 冷泉院閏が話を終えると、静寂がまた戻ってきた。冷たく、それでいて鋭い静けさ。今はこの重苦しい雰囲気をさらに重くするだけであった。どうやら外から風が吹き付けているらしい。鉄板でふさがれた窓の横からピュー、ピューと音がする。それに加えて滝かもしくは大きな川のようなごおおという音まで聞こえた来た。この寒さだと、凍死する人も出てくるのではないかと容易に推測される。
 香春の、壱花を挟んで反対隣りに座っている穂高いづみ(23番)がせき込みし始めた。ごほんごほん、という辛そうな咳を繰り返す彼女は、喋ることもままならないところまで風邪が悪化してしまったらしい。
「ちょっと!! うるさいわよ耳障りなんだけど!! ただでさえこっちはイライラしてるのにやめてよね!! 薬とかないわけ?!」  たかだか5回程度のせき込みにもかかわらず、妙な金切り声をあげて佐々木千尋(10番)が叫んだ。彼女がヒステリーになるのはこれで2回目である。典型的な箱入り娘で自分が社会の中心と思っているタイプの彼女。自分の気に入らないことはすべて批判していた、当然その金切り声で。今は死の危険性が伴っているためか、その神経質さに拍車がかかっているのだろう。彼女の顔色はすでに真っ青になっていた。
 ――ねえ、大丈夫だよ佐々木さん。この国はとても大きくて、私達のようなちっぽけな人間は社会の歯車でしかないの。だからそう怖がらないで。生きていたって死んでいるのと何が変わるっていうのかしら?――香春はすぐに思っていることと別なことを口走った。
「佐々木さんっ……ひどいっ、いづみちゃんだって好きで咳をしているわけじゃないのに……そんなにいづみちゃんを責めないで!」

 弱々しくも力いっぱい責め立てた香春に対して千尋はサバンナにすむ雌ライオンのように眼を鋭く光らせて叫んだ。
「なによっ、さっきから偉そうな態度で話してるわりには栗原さんにべったりじゃない! ねえ里見さん?! こっちは命がかかっていて緊張状態なのよ? わかる? 交感神経が働いていて戦闘状態なの! もう引き戻れやしないのよ!!」
 そうしているうちにセミロングまで伸ばして流行りのパーマをあてた髪の毛も降りみだされてしまった。
「千尋、アンタそろそろヤバいよ。落ち着きなよ。さっきから……」先ほどより冷静さを取り戻した佐久間茜(08番)が千尋をなだめる。しかしその言葉は全身のありとあらゆる神経が興奮状態となった千尋には届かず、結局見開かれた眼で睨まれ「うるさいわよ!! 何度言えばいいのよ茜!!」と一蹴された。化粧で必死に隠していた千尋のそばかすが見えてきたのは、彼女のあふれこぼれた涙のせいであろうか。嗚咽を噛み殺しながらも病んだ目で周りを威嚇し続けていた。


「お静かになさってください、佐々木千尋さん。あなたがこれ以上プログラムの進行を妨害しようとするのなら、今ここであなたを射殺しますよ」  担当教官である冷泉院閏の放った「射殺」という言葉に、彼女のわきを固めている右京(女兵士)と綾小路(男兵士)は過敏に反応し、同時に小型拳銃の銃口を千尋に向けた。
「いいですか? この教室にいる間はみなさん私の指示に従っていただきます。もう一度言いますよ、生き残りたいのなら、優勝しなさい」
 先ほど『死ぬ気で生きることの本質を極めて欲しい』と悲しげにつぶやいた彼女とは一変し、女豹のような睨み方をした――ように見えた。何しろ彼女の顔は奇妙な白い仮面でおおわれているので。

「プログラム施行は決定事項です。これ以上死者を増やしたくありませんので、どうか静粛に」
 そう呟くと彼女は教壇の下から小さな箱を取り出した。
「あと私が説明できることはあなた方に配布する支給武器や小道具、また優勝後、それからこの教室をどうやって出発するかにおける規定です。あと少しですのでもう少々我慢してください。では、右京さん綾小路さん、かごを持ってきてください」
 兵士らは命令に対して機敏に反応し、すぐさま前のドアから廊下に出て行った。そして出て行ったかと思うとすぐに彼らは体育館にあるバスケットボールなどを入れるかごを大きくしたような鉄製の編みかごを引きずって入ってきた。

「これが皆さんにお渡しするバッグです。この中には支給武器、ある程度の大きさのあるパン、水、地図、コンパス、名簿、鉛筆、懐中電灯が入っています。支給武器は……」
 冷泉院閏はおもむろにバッグの中に手を入れると、黒いごつごつとしたものを取り出した。
「たとえばこのような拳銃があります」といってすぐに彼女は左手で右手のところを触りすぐにそれを高く天井に向けた。
 パァンッ!という破裂音と一瞬の閃光が生徒たちの角膜に焼きついた。女子生徒は思わず声を上げて頭を抱え、男子生徒も驚きの表情で身を伏せた。
「当然すべてが拳銃とは限りません。もしかしたら武器でないものも入っているかもしれませんが、それは運命です」
 慣れた手で安全装置をまたつける。その代りに右京と綾小路が大型のマシンガンを取り出して生徒たちに突きつけた。その人差し指は、確実に引き金にかかっている。目に光のない彼らであるから、有事の際には躊躇なくその人差し指に力を込めるだろう。誰もが冷泉院閏を凝視した。生徒たちが再び恐怖に見舞われて表情を一変させたというのに、白亜の仮面に浮かぶ半月型の目と口だけが黒洞々としていて薄気味悪い。
 誰かが隠すようにすすり泣き声をあげた。


「後になってしまいましたが、あなた方はこのプログラム優勝者がどのような処置を取られるかご存知ですか?」
 冷泉院は場を取り直してこんな言葉を投げかけた。
「優勝者は総統のサイン色紙と一生分の保証金を受け取ることができます」
「保証金だと?」
 座っていた状態から身を乗り出して朝比奈悟が声を荒げた。「どのくらいもらえるんだ?」
「そのお金はたとえば優勝後の心身治療のために使われたり、あるいは引っ越しなどに使われます。一生遊んで暮らせる額ではありませんが……生活保護と思っていただければわかりやすいでしょう」
 口の中で「生活保護か……」とつぶやいた悟は一気に冷静さを取り戻し、その後続けて何かをつぶやき続けていた。彼は授業中もよく独り言をつぶやく癖があったようである。
 彼が納得したように思えた冷泉院は次の説明段階に移った。


「ではこれからこの教室を出発する順番を決めます。ひとりずつ、2分おきに出発しますよ」
 教卓の後ろ側に置いてあったくじ引きの箱を取り出した。
「この順番を決めるにあたって、初めに出発する人はより長時間戦闘の危機にさらされる可能性がありますが、これは運命だと思ってください。しかし後のほうに出発する人にもリスクはあります。そのリスクがなんであるかは言いませんが」
 冷泉院は深紅のドレスのすそをめくると、その箱に手を入れた。数秒箱の中をかき混ぜてから一枚の紙を取り出しました。
「最初に出発する生徒さんが決まりました。しかしここですべてのルールについての質問を受け付けます。私のつたない解説で飲みこめたでしょうか」
 ここを出ると、もう優勝する以外に私に会うことはできませんよ、と付け加えて彼女は押し黙ったクラスを見渡した。

「では、藤堂花子さん。あなたから出発です」
 驚愕の表情で花子は顔をあげる。驚きのあまりいつものように大げさな叫び声が出ないのか、肩を震わせながら冷泉院を見ていた。
「さぁ、早くこちらへ」
 右京はすでに生徒に配布する用のバッグを手に持っていた。だが一向に彼女の足は動かない。足がすくんでしまったようだ。
 隣に座っていた彼女の友人である井沢望(02番)が立ち上がり、彼女の耳元でそっと何かをつぶやいた。そして花子の背中を押して、教卓の前まで歩かせた。

「私はこのたび、あなたたちを信用しています。普段でしたらここで『私達は殺し合いをします』と宣言させたりするのですが、今回は省きましょう。期待しておりますよ」
 冷泉院の言葉をよそに、望と花子は出口まで進む。花子がバッグを受け取り、廊下を音を立てて走っていくのを見届けてから、望は元の場所まで戻った。






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