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こんなにも、愛しているのに
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06:2008/02/15 AM08:25

 泣きわめく佐々木千尋(10番)に誰も手をさしのばさなかった。それはもっともな理由が彼女にはあるのだが、それ以上にここにいる理由が“わからない”ということに対する絶望に近いものが先行していた。たいていの質問や疑問なら、仲間内で話し合えばだいたい解決できた。そういう頭脳を持っていたのだ。けれど今は“わからない”。それは単に、「ここはどこで、自分たちはなぜこんな場所にいるのか」という至極簡単な疑問であるにもかかわらず。

 千尋の声の残響がむなしく壁にしみこむ。怒りと嘆きが入り混じった感情の中で、彼女は身近に置いてあった自分のハンドバッグを手にし、無造作に投げつけた。バッグについていた大量の装飾品が一斉に音をたてる。ブランド物の小さな革製のショルダーバッグは、持ち主のヒステリーによって運悪く無実の人に当たってしまった。
「いっ……」
 まさかこの期に及んでバッグが飛んでくるとは思わなかっただろう。被害者の名波高良(18番)はいつも口を結んでいるにもかかわらず、驚きのあまり小さなうめき声を上げた。
「名波君、大丈夫?」

 同じ不良グループとしてカテゴライズされている平野小夜子(22番)がとっさに彼の顔を覗き込んだ。しかし高良も高良で、平然な顔つきをしている――ただそれは、彼の眼の上に眉毛というものが存在しないから、感情が表れていないだけの話かもしれないが。

「大丈夫ですよ。ただちょっと、びっくりしただけで」
 無表情のままで、けれどなぜか敬語で高良は答えた。
「おい佐々木! いい加減にしろよバーカ! なに天パってるんだよ」
 仲間である西園寺湊斗はくるりと加害者である千尋のほうを見ると、中指を突き出して大声を張り上げた。図体は大きいのにもかかわらず、言うことなすことまるっきり子供じみた彼ではあるが、佐々木千尋への発言としては的を射た批判であった。

 血気盛んな湊斗を取り押さえて、高良は無言で足元に落ちたバッグを拾う。そしてそのバッグを手に、ゆっくりと千尋へ近づくと、そっと差し出した。
「どうぞ」
 目を完全に覆い隠すような前髪の隙間から、ちらちらと狐のような目がうかがえる。眉を剃り落とした能面のような顔で凝視され、千尋は思わず身構えた。
「な……何? あんた不気味なのよ、やめてよね、睨まないで!」
 バッグをあてたことへの謝罪も、拾ってもらったことへの感謝もせず、高良の手からバッグをひったくると、また肩を震わせてめそめそと泣き始めた。
「元天才バイオリニストだかなんだか知らないけどね、今じゃ不良みたいなやつに成り下がってどうしようもないじゃない!」
 気の短い湊斗が、何も言わない高良の代わりに大声で「関係ないだろ!」と叫んだ。一方の当の本人は口を閉ざしたまま何も言わなかった。


「みっともねー。いい加減その不細工顔どうにかしたらァ? 八つ当たりとかだっせぇー」
 千尋の横に足音がとまる。とても女性とは思えない特徴のあるだみ声と、嫌みを込めた口調。混乱している千尋でも、自分に唯一近寄ってきたその生徒がだれであるかをはっきり悟った。
「うるさい茜!! 偉そうな口叩かないで!」
 彼女はキッと佐久間茜(08番)のほうを睨んだ。茜は三白眼をさらに細めて、座り込んだ千尋を見下して細くほほ笑む。馬鹿にされているのだ、と気付いて千尋は長いウェーブのかかった髪の毛を振り乱して泣き続けた。幼少のころから背伸びをして化粧し続けてきたツケである真っ赤なニキビの上を、涙が伝った。

「ああ、そう。あたしゃ優しいからあんたに忠告してやっただけなんだけどね。高校生にもなってめそめそ泣いてるなんて、赤っ恥だとは思わないの。ええ?」
 普段から両親の権力を盾にして(といってもこの学校には社長令嬢などゴロゴロといるため、効力は薄い)ふんぞり返った生活をしている千尋も、こうして茜に皮肉をかけられ挑発されてしまえば、うるさいうるさい、と嗚咽を含みながら反抗することしかできなかった。

「やめようぜ、茜! お前らいっつも二人で一緒にいるくせに、どうして今になって仲悪くなるんだよー。落ち着こう? な? それに、今はけんかする所じゃないだろ?」
 栗原壱花(05番)が横から現われて、佐久間茜の肩をつかんだ。茜は「優等生気取り?」と口をアヒルのように尖らせて不貞腐れる。それから「そいつ庇わないほうがいいよ。調子乗るから」と注意した。
 茜の、元から口が悪く自分以外の他人を絶対に認めないという性格を知っている壱花は、白い歯を見せてニッと笑うと、「みんな仲良くしよう!」と付け加えた。
 その笑顔に、どこからか「このお人好しが」というつぶやきが飛んだ。


 パンパン、と手を2回叩く音がした。
「じゃあみんな、ともかく落ち着こう。一度黙祷しようか」
 学級委員(それはこの菊花学園ではクラス担任と同義語に当たる)の黒木明史(06番)ははっきりとした声色で教室にいる全員に向かって呼びかけた。黙祷というのは明史が考えた『静かになるための方法』で、要は目を閉じて黙って1分間過ごすというものである。この瞑想により、遅刻寸前の生徒や、それを冷やかす人々の興奮を抑えることができる。いつも朝のショートホームルームの時に行われることなので、特に異論はなかった。何よりも“わからないこと”への興奮もあったのか、それを落ち着かせてから再度一考するために、だれもが心の安定を求めていた。

「黙祷」
 明史の一言の後、一斉に静かになった。池の水が波を立てないような静寂が訪れる。だが教室(のような部屋)の窓に張られた鉄板の向こうでは、何やらゴオオという音も聞こえてくる。誰かが動くたびに床はギシギシと音をたてる。古臭い木の香り、親しみなれた静寂。たった1分間の沈黙でも、虹組の生徒たちは次第に静寂を取り戻していった。それもこれも、この黙祷を2年生になった4月からずっと続けていた習慣のおかげである。

「やめ」
 いつもは時計を見てからやめ、というのだが、今日は明史の体内時計が終わりを告げた。
「じゃあ今までのことを整理しよう。まず、疑問点を上げる。疑問のある人は挙手」司会役の明史が順を追って挙手を求めた。するとすぐさま5人ほどから手が挙がった。その中で司会は、一番前にいる萩原伊吹(19番)に向かって「じゃあ伊吹」と指名した。高校2年生になってもまだまだ成長期途中の彼は、めいいっぱい伸ばした手を挙げたまま答えた。
「いくらかあるな。いっぺんに言っていい?」
 ナンバリングをするならどうぞ、と明史に許可されると、分かったと答えて深刻そうに太い眉をひそめつつ疑問点を挙げた。
「まず一つ。俺たちはなぜここにいるのか。そして二つ目。ここはどこだ。三つめ、この首輪は何だ。四つ目、これからどうなるのか。以上」
 たまたま近くにいた壱花に「伊吹やるぅ!! もしやおぬし、要点まとめ得意だろ?」と褒められて伊吹はゆでダコのように赤面した。それから口を尖らせて「う……うるせ! みんなわかることだろ!」と慌てながら返した。

「今、挙がった疑問点はこれくらいだけど、誰か他に付け足すことはある?」
 明史は教務用の黒板を利用して、疑問点を箇条書きにした。それから意見を書くために空けたスペースに自分なりに「滝の音が聞こえた。川沿い?」だとか、「この首輪は外れるのか?」といった書き込みも加えた。
 おおかた疑問はこの4つに収斂するようだ。教室のあちこちからそのくらいかな、という声が上がる。

「窓に鉄板が付いてるな。あ、そっちの扉は開く?」
 明史は教室後方の扉を指差して施錠されているかどうかを尋ねる。結城鮎太(24番)と神田雅人(03番)の2人が扉に近づくが、明史のほうを振り向いて首を横に振った。
「首輪もずいぶん頑丈っぽいんよ。ダメダメぇー外れないー」
 鮎太は学ランのホックの下のあたりを気にするようにして触ったが、ずいぶんぴっちり設計のため、細身の彼でもずいぶん苦しそうだった。
「道具があれば何とかはずしたいんだけどね」鮎太はそう付け加えて悔しがった。
 全国の高専が参加するロボットコンテストに、普通科として出場する予定であった彼は、メカニックとしての好奇心からか、首輪の構造にずいぶん興味を示したようだ。


「迂闊にいじっちゃだめよ」
 自分の首輪だと構造がうまく見えないため、神田雅人の首輪をいじっていた鮎太に、里見香春(11番)は諌言を寄こした。
「それ、触ると危ないわ」
「えー? だってえ、普通そんな得体の知れないものをか弱い高校生にしないじゃん?」
 ムキになって鮎太が言い返すと、香春は大きく垂れた目を細めた。
「ふふふ……本当にそうかなあ?」

 香春が口に指を押し当てて小さく笑ったのとほとんど同時に、開かない扉のほうからハイヒールの音がした。カツン、カツン、カツン。その音は徐々に近づいてくる。


「……だれだ?」
 足音を聞く限り人数は一人だ。近くに階段でもあるのだろうか、ゆっくりと音の方角が変わる。何人かはそちらのほうの壁に耳を押し当てた。
 小さなノック音がする。そしてすぐあとに「失礼します」という女の人の声がして、それから重そうな音を立てて横開きの扉が開いた。
 扉が開いた瞬間、だれもがそちらにくぎ付けになった。金色の髪の毛にふさわしい赤調のゴシックドレス――1世紀前のダンスホールに通う貴婦人のような格好だ――。真紅のベレー帽には、孔雀の羽根が豪奢に彩られている。

「ごきげんよう、菊花学園高等部2学年虹組第二期の皆様。そして……」
 その極彩色も目につくのだが、それ以上に――推理小説の犯人がつけているような激しく弓なりになった目と口を持つ仮面に驚愕した。

「さようなら」
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