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こんなにも、愛しているのに
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07:2008/02/15 AM08:35
「だ……だだだだだだれよあなた!」
 菊川優美(04番)がぺたりと尻もちをついた。突如として現れた女性は、まるでこれから仮面舞踏会にでも参加するのかと思わざるを得ない不気味な仮面と派手なドレスを身にまとっていた。彼女は優美の質問にも答えず、ハイヒールのかかとを鳴らして、教壇にいる明史のところまで移動した。
「誰だ、と聞かれたら答えなければなりませんね。わたくし、政府から派遣されてきました、レイゼイイン ウルウ、と申します。どうぞご贔屓に」
 冷泉院閏と名乗る女性は、政府の役人の証である桃色のバッヂを取り出して生徒たちに見せびらかした。全員に知らしめた後、そのバッヂを胸元に付けた。その桃色さえ薄れてしまうほどの深紅のドレスは、蛍光灯の光を跳ね返しきらめいていた。

「おやまあ、賢いこと。もう疑問点を明確に整理してあるのですね! さすがです」
 仮面の女は黒板に書き連ねてあった疑問点を見やって、白いシルクの手袋をしたまま手を叩いて虹組を褒めた。
「ですが……本当に残念です。こんな優秀な人材をなくすのは……実に惜しいことをしました」
 顔は見えないが声には抑揚がある――仮面の彼女の後ろのほうに追いやられた黒木明史(06番)は、女性をにらみながら冷静に分析した。


「皆さんの疑問ももっともなことです。ですが物事には順番というものがありますのよ。まずは大前提から発表しましょう」
「それはさっきあんたが言った "さようなら"に関連することか?」
 女性の声を遮って一ツ橋智也(21番)が尋ねた。

「……その通りです、一ツ橋君。さすが優秀な生徒さんですね、勘が鋭い。そう、菊花学園高等部2学年虹組第二期の総勢28名は、2007年度実施の特別プログラムに選出されました。よって、あなたたちには最後の一人になるまで殺しあってもらいます」


 不気味なほど静かで、反応はなかった。その後、静寂を打ち切るかのように笑い声がした。
「ちょっとぉ、何事かと思えば何の冗談?」
塚本雫は生気のない笑いをもらしながら肩をすくめた。
「だって、お姉さんのいうプログラムってあれでしょ? 中3の生徒がランダムで選ばれる……ええと、プログラム、だっけ? だってあたしら高2だよ? 中3はもうとっくに終わってるって――」
「確かに、あなたの言う通りですよ、塚本さん。信じられないのも無理はありません。確かに68番プログラムは中学3年生を対象にしたものです」
 女性は身を180度翻すと、チョークを持って黒板に何かを書き始めた。
「ですが訳があって高校生にも実施されることとなりました。理由は聞かないでください」
 誰かがすぐに反論しようとしたようだったが、その前に冷泉院は口を開いていた。
「ちなみに私はこのプログラムを統括するために送り込まれました。ですので皆さんのプライバシーにかかわらない程度の情報はすべて知っていますよ」
 桃色のバッヂがぼんやりと浮かんだ日光によって照らされる。


 よく澄み渡る声をしている。そんなに大声で話しているわけではないのに、教室の四方にスピーカーでもついているかのように、冷泉院の声は誰の耳にも届いた。
 理由を聞くなと言われているにもかかわらず、問答はまた続いた。
「殺し合いを強制されなければならない理由は?」 一ツ橋智也が無表情のまま尋ねる。
「通常のプログラムと同じですよ。小学校4年生の時に学校で習いませんでしたか。理系の方は政経に触れないのでもうお忘れになられているかもしれませんね。そちらの条文と総統のお言葉で理由はわかると思います。徴兵制と考えていただければよろしいかと」
 話し方が実に巧みであった。重要な部分の前後はゆっくりと話し、強調する。長く話していても聞き手は要点をすぐ飲み込める話し方だ。しかし智也は全く納得していないようで、いつにもまして無愛想な顔を浮かべていた。
「しかしこれはすでに決定事項なのです。今更一ツ橋君が何を言おうともこのプログラムがなくなることはありません。理不尽と思われるでしょうが、ご考慮を」
 智也の追随を許さぬように、冷泉院は釘を刺した。


「質問があります」
 中村修司(17番)がすっと手をあげた。病弱そうな顔つきが、さらに不安によって青白くなっている。彼は胸元のロザリオをぎゅっと握った。
「確かプログラムに選ばれるのは全国で毎年50クラスですよね。なら、僕たちのほかにもまだ49つのクラスが選ばれることになるのですか?」
 彼にとってこの質問は開けてはならない箱に手をかけたようなものであった。キリスト教の、特にクエーカーという宗派である彼は、戦争などといった人の命が失われる場を特に批判していた。そんな聖者のような男が、まさか国の特別政策によって殉教者になろうとは、夢にも思っていなかったことだろう。
「いいえ、それは違います。本来中学校3年生に適用されるプログラムは法律で決まっているので批判はある程度まで抑えられます。ですが高校2年生となると法の適応外。50クラスもプログラムを行っていては、しかるべき場所からおしかりを受けますから」
「じゃあ僕たち以外にこんなことになる方はいらっしゃらないのですね?」
 冷泉院閏がそっと頷く。
 修司は意味の分からない政府の戯言につきあわされて命を落とす人がいないということに安堵したが、他方でこのクラスがたった一人を残してすべて鬼籍に入ることには正直に不安を覚えた。


「……このクラスが選ばれた理由だけはお教えしましょう」
 少しの沈黙の後、冷泉院が口火を切った。
「先日全国統一テストが実施されましたね。その一位となった生徒がいるクラスと、最下位になった生徒がいるクラスがこの特別プログラムに選出されたクラスです。つまり――」
 全国統一テストで1位。その結果は誰もがよく知っている。クラスの視線はたった一人へと注がれた。
「一ツ橋智也君。あなたがこのクラスにいるからです」
 智也はほんの刹那だけ身を引いたが、すぐに鼻で笑うと、腕を組んだまま動じなくなった。


「てっめえ! やっぱりなんかおかしいと思ってたんだ!!」
 一ツ橋智也とは水と油のごとく相容れない関係の西園寺湊斗(07番)が、智也の襟首をつかんだまま大声を張り上げた。
「松組の首席生徒が意味もなくクラスを1つずつ落としてるって聞いて頭イカれてるとは思ってたがな!! てめえ、俺たちを殺すために虹組まで転落してきたのか? あの学校にとってバカはいらないから、学校とかこいつら政府の人間とつるんでたんじゃねえのか?!」
 力任せに襟首を振り回すが、横の体格を差し引いても、縦のリーチがあるので、智也はほとんど動かない。血相変えた湊斗の唾が顔にかかった。無表情が少しだけゆるむと、智也はようやく口を開いた。
「ギャーギャーうるせえんだよゲスが……てめえみたいな社会の負け組なんかが俺に向かって口きく権利があるとでも思ってるのか? 勘違いも甚だしい。それこそおこがましいって言うんだよ。立場をわきまえろ」汚いものを見る目で彼は吐き捨てる。
「なんだと!」
「お前みたいなシワひとつない脳には俺の崇高な言葉なんて理解できないかもしれないが、これだけは言える。俺はあんな気色悪い仮面の女とはまったくもって無関係だ。冷泉院? ハッ、京都にでも行って歌でも詠んでろクソアマが。言っとくがな、俺がクラスを落としたのももっと別の理由がある。それに、俺はお前とあの根暗と不細工チビには死んでほしいと切実に願っているが、他のやつらに同じ思いは抱いていない。むしろ全国的に見ればかなり優秀な人材だと思ってる。そんな奴らが俺のせいで死ぬとしたら、それはすまないと思う。けどお前らには死んでも詫びないからな、早々に死ねよ」
 わざとあごを上げて湊斗を睨みつける。

「てめえ……! 何様のつもりだ!」
「本当に社会のゴミは語彙力が少なくて困るな。それでいて無駄に筋力があるからすぐ手が出る。自分がすべて正しいとでも思っているのか?世間知らずの無能のくせに。他人と違うということがカッコいいと勘違いしてやがるから厄介もんだな。俺に刃向かうならもう少しおつむを付けてから来い」
 顔を真っ赤にした湊斗の怒りのボルテージが最高潮になった時、横から「やめな湊斗!」と怒りを制止するような声が聞こえた。同じ不良グループの――智也に言わせれば根暗のような髪形の――柊明日香(20番)だった。パンダのように周りを縁取られた大きい目がぎろりと別方向を睨んだ。

 その視線の先には――冷泉院閏がいた。


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