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こんなにも、愛しているのに
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03:2008/02/14 AM07:40:
 ――次はー、菊花学園前ー、菊花学園前ー。

 菊花学園。それは全国規模でその名を馳せている学校の名である。幼稚園から高校まですべて揃ったマンモス校だからか、その最寄り駅となればスケールは尋常ではない。駅前にはコンビニ、大型書店、最近では大手デパートの進出もあり、駅前はすこぶるにぎやかになってきた。
 早朝7時40分。部活の朝練にしては遅すぎるが、普段どおりに登校するには早すぎる。この中途半端な時間にこの駅を利用する人は少ないだろう――と思いきや、通学ラッシュの波に飲み込まれぬよう早く来る知恵のある生徒がいて、結局どの時間帯にしても利用者の数は変わらなかった。
 どこから見ても黒、時々モスグリーン。男子の制服は黒い詰襟にモスグリーンのカラー、女子の制服は黒いセーラー服に山吹色のスカーフであるために、視界には黒と緑の不思議なコラボレーションが生まれていた。
 夏は涼しく冬は暖かいで有名な海べりの静岡県。その割には今日は本当に寒く、どうやら先日の大雪の影響もあるようで、日本海側から流れてきた乾燥した強風が女子生徒としては悩みの種であった。短いスカートで足の露出量が多い女子としては、寒さに抵抗はある。と言っても菊花学園では「スカートは膝のライン」が目安なので、寒さに負けじと短くしている人もいれば、あっさり屈して長くする人もいる。
 栗原壱花(くりはら いちか・05番)は背中にじんわりと汗をにじませていた。
――やばい、ちょっと、マジ、遅刻する……!!
電車を下りたあと、エスカレーターを駆け下りて改札を通り抜ける。駅を飛び出して、目の前の点滅して赤になりかけた信号をで全速力で突き抜ける。鼻と頬に冷たい風が当たってひりひりしたが、今はそれどころではなかった。
 “7時40分、駅前のコンビニ集合。来なかったら置いてくぞ、ばーか!”
 そんなメールが入ったのは、ちょうど起床時間と同じだった。
 今日から菊花学園高等部2年生は松組から虹組まで全クラスで勉強合宿だ。これは毎年恒例で、受験勉強もさることながら、来月終業式前にある来年度のクラス分け試験(もちろん全教科実施され、その合計で来年度のクラスが決まる)を意識したものである。
 壱花はいつも遅刻ぎりぎりで教室に駆け込んでいる人間だ。それでもまだ幸運なことに一度も校則違反を受けたことはないが、一度でもそんなことをすれば彼女の所属しているソフトボール部の顧問の鉄拳を喰らう。それに友人を待たせてしまっているのだから、そちらからの罵詈雑言も覚悟しなければならない。
 壱花は携帯電話を開いて時間を確認した。7時40分。やばいアウト!!

「ごめーん!! ひい、いづみ、遅れた!」
 壱花は待ち合わせのコンビニの前まで走り、そこで待っていた桜庭妃奈(さくらば ひな・09番)と穂高いづみ(ほだか いづみ・23番)に手を合わせて謝った。彼女達は壱花と同じソフトボールの部員で、同じクラスであるためにとても仲がよかった。
「壱花が遅れてくるなんて毎度のこと……」
 いづみは白い部分が多い目をうつむかせてポツリと呟いた。一方の妃奈は口角をぴりぴりさせて怒鳴った。
「時間厳守の癖つけなさいよいい加減! 校則違反は即退部! それがうちの部活のエーススラッガーであろうともね!」
 彼女は獲物を狙う狐のような瞳を鋭く光らせた。そしてショートカットの髪の毛をさらりと捲し上げると
「ま、それはそれでいいんだけどねぇ。そうしたらこの妃奈様が変わりに4番エースサードよ」と胸を張った。
「えー! それやーだーごめんねひぃちゃーん!」
「泣き言言わないでよ我らが部長。ほら、いづみにも謝って。ずっと前から待ってたんだから」
 大きな立体マスクをしたいづみのほうをあごでしゃくった。
「あれ? 風邪ひいたのか、いづみ」
「うん、でも大丈夫、多分」
 マスク越しの不安げな声だったが、いづみはこれでも体力なら誰にも負けない。明日には治っているだろうと壱花は思った。


「あっれー? あはっ、壱花たちじゃーんっ! どうしたどうした、遅刻すんぞーッ」
 ちょうどコンビニから出てきた集団とばったり出会った。遅刻するかもしれないという時間なのにやけに明るい声をかけてきたのは、クラスの副長を務める菊川優美(きくかわ ゆうみ・04番)だった。彼女は元々ふっくらした頬に肉まんでもほおばっているのだろうか、更に身体をぽっちゃりさせてにやりと笑った。
「そっちこそ、副長のくせにのんびりしてていいわけ?」眉の下を曇らせて妃奈が尋ねた。
「いいんだよーん! だって仕事全部明史に任せたし! それに学校までは暁の車が送ってくれるしね! ね、暁!」
 自立性をはぐくむために担任を置いていない高等部では、クラス委員長と副委員長が担任の仕事をすべて請け負うのだ。その片棒を担ぐ副委員長になっているはずの菊川だったが、仕事をすべて委員長の黒木明史(男子06番)に押し付けてきたと言う。

「う……うん」
 彼女の後ろに仕えるように立っていたのは高瀬暁(たかせ あかつき・14番)だ。彼はその長身を不安そうに揺らしていた。
 優美の家は華道の家元で、宗家である。それに対して暁の家は分家。だからこそこうやって主従関係のような構図が出来上がっているのだろう。
 しかしその間を割ってもうひとつ声がした。
「送っていってくれるじゃねえよ、送らせてるの間違いだろ」
 コンビニで新しいワックスでも買ったのか、やたらと男物のワックスが香らせて萩原伊吹(はぎわら いぶき・19番)が現れた。太くて短い眉をひそめて彼は続ける。
「お前が昼飯に何分も迷ってるからこんなに遅くなったんだろ、早く決めろよ優柔不断」
「なーによ、萩原君だって結局暁と一緒に来て送ってもらおうって寸法だったんでしょ? 外寒いし」
「は? お前と一緒にするなよ」

 伊吹は余り背が高くないので、少し腰を曲げるだけで優美の視線とかち合う。最大限に目つきを悪くさせて彼らは火花を散らせた。
「あたしはいいのよ! 暁のものはあたしのもの! 決定権はあたしにあるの! ね、暁!」
「宗家の人間だからって人の決定権支配していいことないだろ。な、あっきー」
「え……あ……」
 2人に問い詰められて暁は戸惑い、困ったように首をかしげた。


「やーめーろて。遅刻すんぞ! ってウチも人の事言えないけどねー」
 壱花は伊吹と優美の対立の仲裁に入り、状況を改善させることに尽くした。なんとか2人を落ち着かせることに成功したが、ふと時計を見ると集合時間が刻々と迫っていた。
「とりあえず壱花、あたしらは高瀬君の車には乗れないんだから走るよ」
 壱花の背中を軽く叩いて妃奈が切れ長の目で催促した。
「ほいさ、リョーカイ副部長! 足の速さなら負けないよ!」
「待って……いづみも走るから……」
 本格的にせきをし始めながらいづみも走り出す。壱花に、特に妃奈に心配されたが、いづみは大丈夫だ、と何度も繰り返した。


「あ、そうだあっきー!」走り始めようとした壱花が急に身を翻して軽く頭を下げる。
「昨日ごめんな、メール返せなくて。大丈夫、今日こそ決められるって!」
 声を掛けられたのはあっきーという愛称を持つ暁だ。彼は顔を真っ赤にさせて「え……あ、えっと……」と口ごもる。壱花が白い歯を見せて笑った。
「何よ暁。壱花とメールしてんの? どんなこと話してるの? 見せなさいよ!」
 赤面させたまま立ちすくむ暁の横から優美がずいと出てきて、彼のポケットにあった携帯電話をひったくった。驚いた暁がどもりながら彼女の手から携帯電話を取り戻す。
「暁のくせに生意気なんだよぉ!」
 もともとふっくらとした頬をさらに膨らませて、優美はあからさまに怒りを表現した。
「はぁ? マジ意味わかんね。別にあっきーが誰とメールしようが勝手じゃないの? プライバシー侵害なんですけど」
 嫌がる暁から無理やり携帯電話を取り上げようとする優美に掴みかかった伊吹が返した。負けずと優美も口を開くが、その前に暁の車から運転手に遅刻しますよと声を掛けられて、彼らの喧嘩は一時鎮火した。



 一方、先ほど暁たちと別れたソフト部の3人組は、学校への道のりをランニングのスピードで走っていた。しばらく走ると、壱花はさっと振り向いてあとに続く2人に声をかける。
「何か、いつもの朝練みたいだな」
「5キロ背負っての校舎周り3周ランニング。あれを毎日こなしてるなんて我ながら驚愕よ。私といづみは寮だからいいけど、あんたみたいな自宅生がよく耐えられるわね……」
 そのくせ誰よりも体力がある、と付け加えて妃奈は根っからの体力馬鹿である部長を見た。
「ひい、壱花耐えてない……。だって、授業中ずっと寝てる」
「いづみんそれは禁句!!」壱花が慌てて手を振った。
 理系の中でも生物専攻のである壱花といづみは同じ授業を取っているが、スポーツ科学や理学療法志望のため物理専攻の妃奈は別の授業を受けている。だから壱花の日常は、国語などの共通授業以外は知らなかった。
「へえ……壱花……アンタまたそうやってると学年ビリ取るわよ……?」
「ごめんねひい! 追試ばっか受けて部活でれなかったあのときのウチを責めないで!!」
 逃げるように壱花は全力疾走し始めた。その後を無言で妃奈は追いかける。いづみも2人の加速に慌ててついていった。
「あ……学校、もうついた」
 門の向こうにはバスが並んでいた。虹組はあの貧相なマイクロバスだろうと一発で分かる。背中に背負った荷物を荷物入れに頼もうと近寄ったとき、何十人もの女の子に囲まれた。


「壱花先輩!! これ、受け取ってください!」
「ずっと憧れでした! 合宿、頑張ってください!」
「妃奈様今日もカッコいいです!」
 彼女たちがおのおの差し出してきたのは、きれいな包装がなされたバレンタインのチョコレートなどのお菓子だった。3人は今日がバレンタインであることをすっかり忘れていたので、突然のことに戸惑った。が、彼女らの戸惑いをよそに、取り巻きはどんどん押し寄せる。
「いづみ先輩風邪ですか? 大丈夫ですか?!」
「これ、のど飴です! よかったらどうぞ!」
 ソフトボール部の主軸となるこの3人には、高等部のどのクラスにもファンがたくさんいた。さらには下級生からも人気爆発状態である。最近は受験の真っ最中でもあることから上級生は自重しているが、実は年上にも人気がある。

「うわ、ありがとー! お返しが大変だなぁ、皆チョコに自分の名前書いた?」
 壱花の発言に周りがどっと沸いた。笑顔で対応する彼女が部長でありエースであることから一番人気がある。彼女の腕の中には見る見るうちにチョコなどのお菓子が溜まっていった。
「ありがとう、大切にいただくね」
 チョコよりも和菓子好きで有名な妃奈には、最中や京都からじきじきに取り寄せたらしい抹茶など渋いものが送られていた。その笑顔だけで何人もの女子生徒の胸を撃ち抜いてきただけあって、何人かは頬を紅潮させたまま固まった。
「……のど飴、ありがとう……。風邪、早く治すね」
 俊足のいづみと呼ばれて久しい彼女も、今日はしおれた調子で応えた。誰もが心配そうに合宿を休むことを進めるのに、いづみは断った。
腕時計をちらりと見やった妃奈がバスに向かうことを催促する。それをきっかけとして、ソフト部の取り巻きはぞろぞろと解散していった。


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 お手数をおかけし誠に申し訳ございません。

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