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こんなにも、愛しているのに
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14:2008/02/15 AM10:10


 教室から廊下にかけて、あちらこちらに矢印の印刷された紙が貼られていた。それに誘導されて走ると、その先には玄関があった。そういえば自分はずっと外ばきをはいたまま教室にいたということを思い出す。履き替える必要もなく、狭い玄関口を出た。
 まず始めにやらなければならないことがある。そう、それは黒木明史(06番)からもらった謎の手紙だ。結城鮎太(24番)は自分のコートのポケットを力強く握った。
「ポケットに詳細が入っている。後で読んでくれ。絶対死ぬな」
 そうささやかれたことを覚えている。いつも微笑みをたたえている顔が先刻はまるで温かみを失ったかのような顔であったようだ。しかし――「絶対死ぬな」――この言葉に悪意はなかったと鮎太の本能が叫ぶ。黒木明史といえば優等生の名をほしいままにしている生徒だ。誠実という言葉がこれほどに似合う人も珍しいほどだと思う。誰からも信頼され、誰に対しても微笑みを絶やさず接する、まるで聖人のような人であった。そんな明史が何かをしようとするのなら、それは誠意のこもった、確実性の高いものであるに違いないという盲目的な信頼も生まれざるを得ない。

 一度どこか安全な所に身を隠してからこの手紙を読もう。鮎太はあたりを見渡してからどこかに隠れるのに最適な場所はないかと考えた。玄関から出て目の前に広がるのはアスファルトでない校庭。小学校以来の光景である。菊花学園は都市部にあるために校庭をとるような余裕があまりない。広さはこの校庭に到底及ばない上に、建物の屋上にある。
 ここじゃだめなんよ、丸見えだ。
 心なしか、額に冷や汗が浮かんでいる気がした。鮎太は右手側に小さなプレハブ小屋があるのを見つけた。きっとラインを引くための石灰を入れる小屋なのだろう、古臭いその小屋の周りにはスコップやらポリタンクやらでちょうど影ができていた。鮎太は無我夢中で走り、とにかく腰を落ち着けた。幸いにもその周りにはだれもおらず、高鳴る鼓動を落ち着かせつつ手紙を取り出した。
 四つ折りにされた手紙をほどく手が小刻みに震える。頸動脈の拍動が締め付けられた首輪に伝わって誇張されて聞こえるほどだ。もう、この拍動数が正常値に戻ることはないのだろう、常に緊張感と隣り合わせ、アドレナリンが副腎から出続けている。崩れそうなガラス細工をそっといじるように、手紙を開いた。そこには丁寧に刻まれた文字を認めることができる。

 アユへ
単刀直入に言うと、俺は脱出をもくろんでいる。
 当然、この首輪がある限りこのエリアから出れば首が飛ぶ。だからアユの力が必要だ。
俺はアユの技能を信じている。どうか、この首輪を解体し、全員でここから脱出しよう。
 俺はこれからクラスメートをできるだけ多く集めるつもりだ。そして、俺たちは脱出する。
 このばかばかしいプログラムから。生きて、脱出するんだ。

予定では商工会議所を通り過ぎ、川の下流にある家に集合する。
そこには君にも必ず分かる証しを置いておく。

俺は、この計画をこう名付ける。
「ノアの方舟」
神は、純真無垢な人を助けてくれるだろう。

p.s. このことは他言無用で頼む。

 鮎太はこの手紙を何度も何度も読み返してしまった。ノアの方舟計画――俺達は、“生きて帰れる”だって?
 当然、鮎太も生きるか死ぬかというこの状況を憂いていた。彼は実家から片道1時間半かけて家から学校まで通っている。実家に帰ればエンジニアの父親と大学教授の母親、それに他の私立高校に通う妹――皆、優しくてユーモアのある人たちばかりだ。勉強合宿に行く朝、「いってきまーっす!」という言葉を最期の言葉にしたくない。もっと、もっとまともな言葉にしたい。何よりも、親孝行をしたい。――そうだ、俺はまだたったの17歳で、大学進学もしてない只の高校生。
 夢、半ば。こんなところで終わりたくないというのが正直な気持ちだった。
 鮎太には夢がある、今も抱き続けている未来への夢が。その夢をクラスメート同士の殺し合いという末恐ろしい計画に阻害されてもいいものなのだろうか、否、いいわけがない。
 夢が途絶えることは、鮎太にとって精神の死を意味している。そう、確かに歩んでいた道に壁が現れることはしばしばあった。しかし今回ばかりは、死の壁が立ちはだかっていた。それを打ち砕ける、“神の救い”。ハレルヤ!キリスト教徒でなくても思わず神に感謝した。

 「明史、俺、やるよ」決意を固めるために思わずつぶやいてしまった。ノアの計画は鮎太なしでは――首輪をはずすことなしには――成立しない。そのカギを握るのは鮎太のスキル、その、skilled。
 手紙を折りたたんでまたポケットにしまった。そして彼は力強く立ち上がったのだ。自分ならできるという根拠のない自信がふつふつと腹の底からわき出ているのがわかった。根拠のない主張などはなはだ片腹痛いと知っていれども……。

 まずは道具が足りない。この首輪の構造を知るためには数々の道具が必要だった。そのためにはあるべき場所に行かなければならない、そう、結城鮎太の“別荘”だ。
 ――はーいはーい。じゃあさ、別に自分ちの別荘だったら入ってもいいんだよね?怒られないよね――
 学校の教室で担当教官と名乗る謎の女性・冷泉院閏に質問したことを思い出した。鍵さえあれば入ることができる。そういう意味ではアドバンテージでもあったが、逆に目立つ家なので諸刃の剣でもあった。結城家の別荘は鮎太の工房でもある。つまり、首輪の解体のキーとなる場所はその別荘だ。不幸にもその別荘は明史の手紙が指定した商工会議所方面とは真逆であるが、このエリア自体がそう広くないので、走って行けば30分でつくだろう。あたりを見渡して人がいないことを確認しようとし、立ち上がった。

 「動くな」死角となっていたところから急に声をかけられた。太陽も登り切る昼前、冬の寒さも手伝って今この瞬間に走った悪寒は全身の血液を凍らせるような力があった。ゆっくりと振り向くと首に固いものが巻きついた感触がついた。ぐっと力強くひっぱられ、一瞬視界が揺らいだ。
 「よぉ、機械オタク。こんなところで何しているんだ?」
 口調だけで誰だかすぐにわかる。ひときわ低い声色にも聞き覚えがあった――鮎太より頭一つ分大きい一ツ橋智也(21番)が背後から耳元で囁いた。首に巻くロープの代わりに今度はその引き締まった腕が首に巻かれた。首が圧迫され、かかとが地を離れそうになった。
 「ひ、一ツ橋君……苦しいよ」
 突然の襲撃者に驚いた鮎太は、それでも首に巻きついた腕に抵抗することしかできなかった。
 「俺をお前の別荘とやらに案内しろ。どうせ行くつもりだったんだろ?」
 一瞬自己弁明のための言葉に「脱出のために行くんだ」というセリフが浮かんだが、すぐにかき消された。明史の手紙には「このことは内密に」とあったのを思い出したからだ。
 「なあに、殺しはしないさ。ちょっと入用があっていくだけだ」
 言葉の感情から、この状況を弄ぶ感情がただ漏れしていた。一切抵抗しない、自分より劣った生徒。もとより一ツ橋智也という人間は自分の認めた人間以外には冷たくあしらっていたのでいつも通りの会話であるといえばそれは認めざるを得ない。


 「ギブっ、ギブっ、わかった、一緒に行こう!」鮎太は首を絞めていた智也の右手を叩いて降参の意を示した。あまり争い事は好きではない。ことを荒げることなくこの場を収拾つけたかった。それに素手で首を絞めるということはあまり大それた銃器を武器として持っていない証拠でもある。
 降参宣言に満足したか、智也は腕の力をゆるめた。ようやく新鮮な空気が吸えるとなると、すぐさま鮎太は深く深呼吸をした。首を絞められたときスーッと抜けていった血の気がようやく元通りに戻ったようだ。視界に色が映え、耳鳴りも止まった。
「もう、一ツ橋君ほんっとに乱暴なんよねー、ちょっとは手加減してよ。ねえメカ澤」
「早くしろキュウリウオ目アユ科」
「分類名で呼ばないでー!」
 尻を蹴られて鮎太は泣く泣く歩き始めた。校庭を横切らず、正門から出て行った。その後を智也が付いていく。


 逃げることはできたのだろうか――しかし鮎太は気づいていた。はじめ自分の首に巻かれたあのロープ、今は腰にギュッと巻かれていた。これではまるで法廷に出廷する被疑者である。俺、何もしてないのに。と心の中でぼやきつつも、自分の別荘へと足を進めた。
 “普通の人間”にとって黒木明史が提示したノアの方舟計画を夢物語だと頭越しに否定することもできるし、丸腰である一ツ橋智也に脅されて別荘に連行されるのももちろん拒否できた。しかし結城鮎太はそのようなことはしなかった。心根の優しい少年であるといえば聞こえはいいが、プログラムと一般世界の境界線を区別できない稚拙な判断能力といえば、それはそれで的確でもある。

 2月中旬――冬も佳境を迎えたころ、静岡のこの地では冷たい風が吹き荒れていた。山の中腹にあるためか、風が谷の中心に向かって吹きつけている。雪が降っていないだけまだ良かったが、どうやら先日の雨も相まって湿気が多い気がする。川が増水してなければいいけれど――鮎太はこの地域が頻繁に川の決壊に見舞われることを思い出した。








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