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こんなにも、愛しているのに
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24:2008/02/15 PM14:15
 
 
 
 加速した電子音があるときを境にぴたりと止まった。担がれて走る速度が徐々に緩やかになり、最後には足が止めた。耳に残響を残すのはあの電子音だけ。
 小夜子は慌てて首に手を当てた。何度も触り直し首があることを改めて確認しながら「あ……生きて……る……」とつぶやいた。
 
「ああそうだな生きているなでも死ね糞アマ」
 小夜子を背負って全力疾走で走っていたその人は、肩に背負っていた小夜子を無情にも地面に放り投げた。小夜子は腰を打ちつけ、「いったぁあい!!」と大声を出し、涙を浮かべた。
 小夜子は状況を全く呑み込めていないようだった。授業中についうっかりうたた寝をしてしまって、起きたら全く訳のわからない範囲の問題が黒板上で踊っていたような、まるでそんな茫然。しばらくしてから小夜子は「……死んで……ない……」と気抜けした顔に涙を浮かべてつぶやく。
 
 自分がどうしてか生きていることを確認すると、小夜子は足の力が抜けてまるでたこのように柔らかくアスファルトに座り込んだ。放心状態のままふっと視線を上げ、その先に腕を組んで佇む『彼』に焦点を合わせた。すると落雷が体を突き抜けたかのように急に背筋を伸ばすと、
「……あれっ?……智也君っ?!」
と周りの様子もはばからず大声で叫んだ。
 
 「今更気づいたのか、バカ」と言われて初めて、自分を抱えて禁止エリアではない場所まで走ったのは一ツ橋智也(21番)だったということに気づいた。小夜子が驚いた、というより天地がひっくり返ってもありえないことだ、と感じたことはまさに、一ツ橋智也があれだけ嫌っていた平野小夜子を、危険を冒してまで助けたことである。
 智也が小夜子を嫌っていたのは、その言動からも明白であった。小夜子は智也のことを好きだといつもアプローチしていたわけだが、連戦連敗だったのも智也が小夜子を嫌いだからである。このプログラムに拉致されるまで乗っていたバスで小夜子が渡したバレンタインのクッキーは、きっと捨てられただろう。そうでなくても、彼はその容姿(それにしても陸上部だとは思えないくらい本当に色素の薄い髪と肌!)と成績をもってして、学校中の女子生徒の憧れの的だったから、小夜子のクッキーは他の女子生徒がバレンタインデーに渡したチョコの中にうずもれていたであろう。
 サヨは嫌われてるから――助けた理由を聞いたとしても、おそらく彼はこう付き返すだろう。「黙れチビ、死ね」と。
 
 
「おい、馬鹿女」
 隠して息を整えなおした智也は小夜子のほうに振り返って声をかけた。彼は小夜子の返事を待たず、続ける。
 
 
「お前は死にたかったのか?」
 生きているという安堵感の中に身をゆだねていた小夜子は、ふとこの言葉によって今が「たった一人しか生きて帰れない」プログラムなのであることを改めて思い出した。彼女は親友の柊明日香(20番)、そして西園寺湊斗(7番)を相次いで殺され、そして先ほど誰だか見当が付かないが女子生徒に急に首を締められて無我夢中で逃げ出してきた。
 それから走っていたら急に禁止エリアに入ってしまい、陸上部きっての俊足をもつ一ツ橋智也に助けられて――すっかり放心状態に陥っていたから、不覚ながらこの瞬間まで生きるのか、死にたいのか、殺すのか、殺されるのか、まったく自分の方針を定めないで来た。
 
「……わかんない、正直。サヨ、混乱していたの……」
 十分な沈黙をおいたあと、座り込んだ小夜子をぶれもせずまっすぐに見下す智也から視線をはずし、ボソリとためらいがちにつぶやいた。
「まだ、決めてない。よく分からないもん。サヨは……」
 何が言いたいのか、小夜子は自分自身でも分からなかった。智也がそのような態度を嫌っているのを知っていてなおそうと思ったが、今はもう何も言うべき言葉が見つからなかった。
 
 
「わかるでしょ、サヨはいきなり後ろからよくわからないけど襲われて、首締められたの。生まれて初めてだったもん、首締められたのなんて……」
 小夜子は占め上げられていた首にそっと手をおいて初めて、自分のしていたファーのマフラーがどこかへ行ってしまったことに気づいた。母親に買ってもらったブランド物のマフラーだったが、まさかそれで首をしめられようとはゆめゆめ思わず、もう大切なマフラーを取り返そうという意欲もわかなかった。
 智也もふさぎこんでいる小夜子につられたか、ため息混じりに「ああ、俺だってまさか穂高があんなことするなんて思いもしなかったがな」と付け加えた。
 
「あれっていづみちゃんだったの? え、嘘でしょ?!」
「俺が嘘つくかと思ってるのか?」
 智也は先程、穂高いづみ(23番)のすがたを見たので声をかけたが振り向かずどこかに足早に走って行ってしまったので、あとを追いかけたと小夜子に説明した。その途中でいづみが小夜子に出会い、あろうことか殺そうとしたということ。禁止エリアと把握していた方に小夜子が走って行ってしまったので、あとを追って禁止エリアから出るべく全力疾走した、ということも付け加えた。
「嘘……いづみちゃんがそんな事するなんて思わなかった……」
 怯え、というより唖然とした気持ちが先行した。虹組にいるソフトボール部グループの中では最もおとなしいのが穂高いづみであって、間違っても人を殺そうとするような人ではなかった。智也の言うことを信じるならば、彼女は殺意を持って小夜子に背後から襲いかかったと言っていい。小夜子にはにわかにそれが信じられず、改めて死の淵に立たされた人が何をしだすかわからない、人間の浅はかさに愕然とした。
 
 
「……水でも飲んで落ち着け」
ずいとさしださえたのは半分ほど水が減った1.5リットルのペットボトル。ふと見上げた先の智也は、いつになく平穏な表情を浮かべていた。小夜子が水を受け取るのをためらっていると、智也は決意を固めたかのような強い口調で「俺は、まだ生きる」とつぶやいた。
小夜子はおずおずと智也の手からペットボトルを受け取り水に口をつけた。すぐに自分がなぜか顔が真っ赤になっていくのを感じた。
『生きる』と『生き残る』は違う――小夜子は一瞬死を覚悟したが、今の気持ち不思議と清澄で清らかだった。今拳銃を眉間に押し付けられても、おそらく安らかに死ねるだろうと小夜子は悟った。彼の手にかかるのなら、喜んで手を広げよう。
 
 
「興味があることがあるんでね、それを見るまで死ねないだけだ。人を殺すかは、状況によるが今のところ興味はない」
 
「興味があること?」
小夜子は首をかしげた。いつものように考えがあるのか、彼は口元だけニヤリと歪めつつにべもなく続ける。
「どうせやることないんだろ。俺と一緒に来い」
小夜子は一瞬耳を疑った。聞き間違いでなければ、今、智也は小夜子に対して共に行動しようと申し出たのだ。
「ほえ?」あまりに唐突だったので、小夜子は素っ頓狂な返答をするしかなかった。
「聞こえてなかったのか無能。俺と一緒に来いって言ってるんだ。その頭は飾り物か、髪の毛結ぶだけの頭じゃねぇんだぞカラス頭」
 
心臓が急に跳ね上がった。口に含んでいた水を半分噴出しそうになるほど動悸が止まらない。自分は、緊張している?――小夜子は口を押さえた。こめかみの血管が高鳴るのが分かるほど、鼓動が強い。交感神経作用を受けて気管支が収縮する。息が出来ない。
「かっ……カラス頭じゃないもん!」
頬がカァーっとなっていくのが感じられた。今まで幾度となく一ツ橋智也と話してきたけど(ただしいつも一方方向のコミュニケーションだが)、これ程までに緊張を感じたことがない。小夜子はプログラムのせいだとして、気にしないことにした――ほらっ、吊り橋効果って言うじゃない!――
 
 
智也はふいと顔を背けると、不用意に小夜子に背を向けて歩き始めた。
小夜子はその背中を直視できず視線を外した。ゆっくりと、時間をかけて下唇をかむ。
「待ってよー! サヨも一緒に行く! 智也くんと一緒に行くもん!」
小夜子は急いで立ち上がり、トレードマークの派手に散らした長いツインテールをひょこひょこさせながら小走りで智也の後ろについた。
 
――智也の手に「ULLIK」が握られていたことに、小夜子は到底気づきもしなかったが。
 
 
 
 
 
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