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こんなにも、愛しているのに
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17:2008/02/15 AM11:00


「ちょっと待てよ明史!」
 黒木明史(06番)と出会い頭に手をつかまれて走り出すやいなや、栗原壱花(05番)はその手を振り払った。前を走っていた黒木明史はきょとんとした顔で振り向くと「何か?」と心底不思議そうな顔をして尋ねた。
「ウチ、妃奈と香春を待つんだよ!だから脱出とかよくわかんないけど、ちょっと待ってろよ、な?」
「ひぃさんと里見さん?」
 明史はちらりと今出てきたばかりの昇降口に視線をやった。後続となるのはすでに死亡している西園寺湊斗(07番)を抜かして佐久間茜(08番)からなる。壱花が待っている桜庭妃奈(09番)は茜のあと。里見香春(11番)は妃奈のあとに佐々木千尋(10番)を見送ってから出てくるはずだ。

 佐久間茜と佐々木千尋の2人組に捕まると厄介だ――明史はほぼ条件反射的に否定の表現を思い浮かべた。
 根は真面目なのだが、ひとたび相手を敵認識すると女性とは思えないモラルの欠けた態度と言動に成り代わる佐久間茜。
 すでに恐怖のあまり正気を失っていると思われる佐々木千尋。
 彼女らに見つかれば何をされるかわかったものではない。集団行動に規律は必要だが規律を逸脱する行為を行う人間は必要が無い。特に今回は生死を左右する非常にデリケートな話であるだけあって、ハイリスクローリターンはお断りだった。


「……わかった、じゃあ影に隠れよう」
 まずは佐久間茜をやり過ごすためにも、明史と壱花はちょうど昇降口から見て死角となるほうへと潜り込んだ。
「あっ、茜」
 壱花は身を隠したままそっと頭を上げた。壱花は呼び止めようとしたのだが、明史に肩を強く抑えられてたちあがることすらできなかった。なぜそんな事をするのだと問い詰めようとしたときにはもう茜の姿は消えていた。どうやら茜はその三白眼を鋭くしてあたりを偵察したあと、どこかに消えてしまったようだ。
 壱花は糾弾せんばかりの剣幕を垣間見せたが、明史は先手を打って「ほら、すぐにひぃさんが来るよ」と話題を切り替えると、彼女はとたんに押し黙り、黙り込んだ。壱花は妃奈に逢いたくて仕方が無いのだろう、周囲を警戒するべきだと考える明史の慎重な態度をよそに、なりふり構わず身を乗り出して昇降口へ向かった。

「妃奈!」
 手を大きく振り、学校の昇降口にその姿を表せた桜庭妃奈を迎え入れた。縦にも横にもがっしりしている壱花と比べると、妃奈は細長い体型をしている。が、どうやらいつも感じているものと異なる種のプレッシャーに疲れきってしまったのだろう、顔色が悪かった。
「ああ、良かった。壱花……」
 安堵の表情を見せると、妃奈は壱花に抱きついた。
「壱花、ひいさん。ここは危ないから早く隠れよう」壱花の後ろから明史が声をかけると、妃奈は急に驚いた表情を作り、警戒心をあらわにした。
「大丈夫、妃奈。明史は大丈夫だ、後で事情を詳しく話すよ。とにかく今は香春を待とう」
 玄関から飛び出し、先ほど身を寄せていた場所へもう一度戻った。

 隠れてからほんの十数秒後に、すすり泣く声が聞こえてきた。今は昼間だから幽霊ではないだろう。それは妃奈の学籍番号が次にあたる佐々木千尋のものだった。彼女は支給されたバッグを肩にかけ、もう片方の肩に合宿用に持ってきていた私物を掛けていた。泣いているのだろう、肩を震わせ両手で顔を覆いながら、おぼつかない足取りで消えて行った。遠目からもよく見えるそのカールした長髪は、いつもは手入れが通っているのに今日は振り乱されたあまり縮れていた。

 それからすぐに「壱花、妃奈ちゃん」と誰かから呼びかける声が聞こえてきた。玄関から小柄なシルエットが浮かぶ。里見香春だ。
「香春! こっちこっち!」
 壱花が手を振ると香春の大きな目は輝いたが、その隣にいる黒木明史を認めるとすぐに豹変させた。その反応は、桜庭妃奈のものとは少し違っていたように明史には見えた。
「明史くんもいるの?」
 そばに駆け寄ると、声に驚きと照れくささを含ませてとっさに壱花の胸に顔を押し当てた。壱花は彼女の小さな頭を撫でてフゥとため息を付いてから「詳しい事情は後で話してくれるってさ。とにかく、今は人を集めようって事になった!」と付け加えた。
「人を? へぇ……」
 興味を持ったのかそれとも警戒心からだったのか、香春は壱花の腕ごしに明史をじっと見つめた。少女漫画からそのまま出てきたような大きな目に射すくめられ、彼はぐっと全身が硬直した。

「だけどあんまり長くいると危険が増してくる。ここは一番人が集まりやすいところでもあるからね。そろそろ行こう、壱花」
 明史は周囲の様子を伺いながら立ち上がろうとしたが、今度は壱花がその肩を抑える番だった。
「ちょっと待ってろ明史、まだ、もうちょっと」
 いつも陽気な壱花らしくない、やけに真剣な目つきだった。隣にいた妃奈は、さすが同じ部活、グラウンドで2年間過ごしてきただけあって、その視線が何を訴えたいのかよくわかった。9回裏1点リード、スコアリングポジションにランナーを置きながら、なお相手の攻撃で3-2のツーアウト。そんな時、壱花はこんな目をする。短く整えられた眉は釣り上げられ、小麦色に焼けた肌色に浮かぶ薄い一重の目はサンバイザーの影からまるで獲物を狙う百獣の王のように光るのだ。


「最悪、あっきーとおちあいたい」
 明史はすぐにあっきーこと高瀬暁(14番)の姿を思い出した。身長が高い癖に迫力がなく、言葉数も少ない彼は普段クラスで壱花と親しげに会話するようなところは見られなかった。どちらかと言えばマダムというあだ名がある高砂巴(13番)のほうが、壱花と仲が良かったのではなかろうか。
「だけど……」と明史は意味深に口ごもった。この提案を断る理由は特別ない。もし明史の脱出案が有効なものであれば、脱出する人数は多ければ多いほどいいはずだ。
明史は少し間を開けた後、「しょうがない」と頷いた。
「その前にマダムも来るし、マダムも一緒に行こう! みんなで助かるんだ。もう、誰も死なせない」
 企画提案者の明史より、むしろ壱花の方が意気込んでいるように見える。壱花の腕にしがみついていた香春がほほ笑んだ。

「あ、ほら。マダムが出てきた」
 高砂巴がキャリーバッグをゴロゴロと音を立てて歩いてきた。彼女からは全く危険意識が読み取れていない。クラスメートがもう3人も殺されたというのに――しかもその中のふたりは我々の目の前で無残な姿になったというのに。彼女における非現実は、その脂肪がたっぷり乗った首に食い込むようにつけられた銀色の首輪だけだった。
「マダム!」
 壱花が声を張り上げた。巴は驚きを隠せなかったようで、そのふくよかな口元に手を当てて重たそうなまぶたを開いた。
「まぁ、壱花さんではありませんか。ごきげんよう」
 彼女はあくまでも普段どおりだった。菊花学園の校門まで黒塗りの、明らかに高級車と見て取れる車をつけて、じいやに連れられて毎日登校するあの普通どおりの彼女。巴は「こんなところで何をしていらっしゃいますの?」と尋ねた。

「マダム、あのな、ウチらちょっと面白いことするんだ。このプログラムから逃げるんだよ」
 校舎の昇降口から死角となっていた部分に隠れていたが、危険だと引き止める妃奈の静止を降りきって、壱花はそこから飛びだし巴に駆け寄った。
「逃げる、というと?」
 さすがに怪訝そうな表情を浮かべて巴は聞き返す。彼女の口が動く度に、二重あごが揺れる。
「主催は明史だ。詳しいことはよくわからないけど、ウチは明史を信じてる。明史ならやれると思ってるよ」
「左様ですか……」

 巴はうつむいた。ふくよかな体も鬱陶しいとは思わせない礼儀正しさと清潔さをもってして、典型的な「お金持ち」という雰囲気を醸し出している。渡来品の香水が芳しく漂ってきた。
「私は、私は遠慮させていただきますわ」
「え、何で?!」
「正直いいますと、酷い死に方もしたくありませんが、かと言って家にも帰りたくないのです」
 壱花は思わず言葉を飲み込んだ。


「御存知の通り、私は旧家の家の子で、普通の人とはかけ離れた生活をしていますわ。言葉遣いも、お金の使い方も普通ではありません。しかし私はそれを強制されています。やらねばならぬのです。それが、窮屈なのです」
 壱花は詳しくは知らなかったが、「高砂」といえばかつて海外貿易で名を上げ、輸出や輸入を規制されて後に建設業へとシフトしていった高砂グループである。現在ではグループの名のもと、建設、金融、保険、国内貿易をメインに統括している国内最大級の会社となった。創始者の直系の子となれば、女性といえどそれなりに苦労は耐えなかった。
「だから私は、しばらく好きにふらふらしていますわ。皆さんの無事と安全をお祈り申し上げます」
 巴は目を細めてにこりと笑いかけた。
「……それで、それでいいの?」
「私のことですから、私が決めますわ」
 自己決定権を主張されるとなかなかやりにくい。特に、死を目の前にしている今では、自分の人生を自分で決めて何が悪いといわれればその答えに詰まってしまう。
 うつむいたまま何かを言おうとしたいちかであったが、急に飛び出してきた影に自分の名を呼ばれてはっと我に帰った。
「あっきー!」
「あっ……」
 普段どおりの振る舞いをしている巴とは正反対に、顔を真っ青にして怯えた表情で出てきた高瀬暁を見て、壱花は正直安心した。
「あっきー逃げんな! ちょっと待て!」
彼の学ランの裾を無理やりぎゅっと掴むと、彼が逃げられないように腕を固めた。
「あらあら、賑やかなことですこと。相変わらず壱花さんは面白い方ですわ!」
ふふふ、と小さく微笑む。
「ご健闘を、壱花さん。他の方によろしくお伝え下さいね。さようなら」
巴はよっこらせとキャリーバッグを持ち上げ、昇降口の階段を降りて校門の方へと向かっていった。


「マダム! 迎えに行くから、つらいときはいつでも! だから生きて! 死ぬなよ!」
 その後ろ背を見つめながらなんとか止めようとしたが、その言葉は彼女に届かなかった。一人話題の中に入れず決まりの悪そうな顔をする暁だけが「えっと……」とつぶやいた。
「壱花、もう行くぞ」
 背後から黒木明史が声を荒げた。彼はもう行く場所が決まっているらしく、地図を広げて進む方角を指さしていた。その後ろに桜庭妃奈と里見香春が続く。
「黒木君まで……壱花?」
「あっきー、事情は後で説明するから。ほんとごめん、でも、絶対会わせてあげるから。絶対あの子見つけて一緒に生きよう」
 暁の青ざめていた顔が急にゆでダコのように真っ赤になったのを見て、壱花は歯をむき出しにして笑った。

「あっきー、行こうぜ!」
 痩躯の背中を思いっきり叩くと、壱花は明史たちの方へと走り出した。暁もよろよろとした足取りでその後ろを追いかけていく。


――ノアの箱舟は、こうして創られ始めた。


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