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こんなにも、愛しているのに
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26:2008/02/15 PM13:40



「いやああ!!誰!誰なの!」
「落ち着け千尋!黒木だよ、黒木」
まるで少女漫画に於ける出会いのワンシーンのように、先頭を歩いていた黒木明史(6番)に曲がり角際で唐突にぶつかったのは、佐久間茜(08番)と佐々木千尋(10番)のペアだった。筋金入りのキラワレ者で、決してクラスと交わろうとしなかったこのふたりが、そしてお互いに一緒にいることも嫌そうな顔をいつも浮かべていたこのふたりが、ひとりしか生き残れないはずのこのゲームのさなか一緒にいることが不思議でならなかった――妃奈は、余計なことばかり考えていた。

 どうやら見たところ千尋が完全に理性を手放しており、茜がそれをなだめるという役目を担っているようであった。既に謎の眠気から覚めて分校にいた時から千尋はヒステリーを起こしていた。化粧負けしたニキビの目立つ肌に涙を流していたのを覚えている。今も――同じ顔をしているが。


「なっ、なんだよおまえら……みんな一緒にいたのかよ……」
懐疑的に、しかしどこか驚きを隠せないようだった。それもそうだろう。全員が冷静を保っていて、集団で移動していることに疑いを持たない人がいる筈がない。普段クラスメートと話したところを見たことがないが、口を開けばあまり育ちの良さそうな口調ではないことがわかる。
「なんで……」
いちばんうしろを歩いていた妃奈は、香春が驚いて栗原壱花(05番)の腕に抱きついていること、暁もその後ろに隠れるようにしていることが見て取れた。この2人は確実に、声には出さずとも驚いているのだろう――香春はソフトボール部のマネージャーだ。いつも一緒の時間を過ごしていたから、わかる。

 明史の顔が、曇った。
「明史ぃ! 千尋たちも入れてやろうぜ!」
 まるでとてもいいアイディアが浮かんだとばかりにお得意の笑顔を浮かべて壱花は明史の肩を叩いた。一瞬にして冷ややかになった空気に、旋風を巻き起こした。
「あっ……ええと……」明史が驚いていることにも構わず、壱花は続ける。
「茜! 千尋! うちら、プログラムを脱出しようとしてるんだけど、一緒に来ないか?!」
 別の意味で、空気が凍ったような気がした。――ああ、もう、このお馬鹿さん!
 壱花の声色は、まるで学校からの帰りがけ、テストが終わったから新しく出たアイスクリームを食べに行こうぜ、と提案するような気楽なこえかけだった。
 違う、違うでしょ壱花……!
「壱花っ」
このふたりが、私たちのグループに馴染むわけ無いでしょ――妃奈は言いかけた言葉を飲み込んだ。今ここにいる5人は、暁はそうではないが、いわゆる“仲良しグループ”にあたる。壱花と明史がとても仲がいいので、ソフトボール部グループはよく明史、そして明史と仲がいい(ように見える)一ツ橋智也と交流があった。現在の形を保っていられるのもこれまで築いてきた友情のおかげであって、それほど仲がいいわけではない、むしろ疎遠な方のこのふたりが入ってきたところでメリットはあるのか――いけない、またメリット・デメリットの話をしてしまった。
 排他的になってしまう自分が嫌だった。妃奈は言いかけた言葉を飲み込み、自分の方へ向いた壱花に視線だけで「やめて」と訴えかけたが、空気は吸うものであって読めるはずがない壱花にとっては、無理な話だった。


「そんなことできるわけ無いでしょ!! 私たち死ぬのよ!! あんたたちもね!!」
 千尋はヒステリーを超えて既に開き直っているようだった。泣きすぎて真っ赤に充血した目を見開いてこちらを睨みつける。
 壱花は制止する明史を抑えて、千尋と茜の方へ一歩歩み寄った。
「来ないで!!」
 千尋のてに握られていたのは、黒光りするもの――拳銃だった!!最悪だ、凶器だ。

「壱花危ないやめて!」香春が叫び、その腕を引っ張った。しかし、壱花は強かった。
 明らかに向こう側は敵意があるし殺意もある。そして武器もある――危なすぎる!!香春が叫んだことに妃奈も完全に同意した。
「うっ、撃つわよ……本気よ!! 分かってるんでしょ、これはプログラムなのよ!!」
「分かってるよ、千尋」
「だったらなんでアンタ達つるんでるのよ! 死んじゃうのよ?! もう、生きて帰れないのよ?! 怖くないの?! なんでそんなに冷静でいられるの! 馬鹿みたい!!」
 拳銃を両手に強く握りしめ硬直したまま、千尋は悲鳴に近い大声でそう叫んだ。

「怖くないわけじゃないよ」
 壱花はもう一歩、近づいた。
「来ないで嘘つき!アンタたちもよ!」
 千尋は壱花に、そして壱花の背後でゆらりと動いた明史と香春にも交互に銃口を向けた。
「嘘じゃない。マジでウチ、めっちゃビビってる」
「来ないで! 殺す気なんでしょ!!」
「いや、ほんと怖いよなぁ、これ。目の前で湊斗が死んで、明日香が死んで、優美も死んじゃったとか、ありえねーって思ってる。ウチも、今撃たれるかと思ってビクビクしてる」
 もう一歩、近づいた。
「でもな、本気なんだよ。本気で明史のこと信じてる。明史は口からでまかせ言ってはったりかますような人間じゃない。高校入学の時からずっといっしょだから、わかるよ」
 一重のくりっとした目が、まっすぐに千尋を捉えた。拳銃を持っているのは千尋で、優位な状況にあるのは間違いなく千尋のはずなのに、追い詰められているのは彼女だった。

「明史を信頼してるんだ。明史ならきっと、うちらみんなを救ってくれる。例え死ぬとしてもさ、最後ぐらいぱーっとやってみようぜ!」
 男勝りではあるが愛嬌のある笑みを浮かべ、壱花は千尋に手を伸ばした。
 こいつに恐怖というものはあるのだろうか――妃奈は肝を冷やしながら考えた。ソフトボールの試合でも、どんなにピンチでも、彼女は逆境を乗り越えた。いつも笑顔であった。それはまるで名前の通り、一輪の花のように――いや、もっと大きな存在、太陽のような笑顔を、浮かべていた。


「へっ……変な人……! ばかみたい! 信じるとか、信頼とか」
 ついに折れたのは千尋だった。彼女はヘたりと地面に尻餅をついた。茜がその背中を慌てて支える。
「馬鹿かー、うーん、よく言われる!」
 壱花は白い歯を小麦色に焼けた肌に目立たせて笑った。
「なっ、一緒に脱出しようぜ!いいだろ明史?」
 彼女はくるりと振り向いて、その笑顔を向けた。どうして彼女はこんなにも笑顔でいられるのだろうか?何か理由があるのだろうか?それとも全く何も理由がない、ただの能天気なバカなのか?
「……。そうだね」

「いいだろ妃奈?」
「しっ・・・知らないわよ」
「いいよね香春?」
「壱花がいいならいいわ」
「あっきー?」
「えっ・・・えーっと・・・う・・・うん」
「ほらほら大丈夫だってさ!!」
怪訝そうな顔を浮かべて茜がもう一度「ほんとに・・・あたしら一緒に行ってもいいの・・・?」と尋ねた。
「脱出したいなら、俺達と一緒に来ればいいけど、嫌なら、強制はしない」
「何よ茜!一緒についていくっていうの?!こいつら寝首をかくかもしれないのよ!ほんとはあたしたちのことなんとも思ってないのよ!」
「・・・千尋、あたしは行く」
「なによこの強情!わがまま!意地っ張り!ばか!」
「はいはいわかった」
「黒木、千尋はこんなんになってるけど、いいのか?もちろん、静かにしろって言われたらするやつだ。死ぬかもしれないぞって脅せばだけどな」
「俺は、来る人は歓迎するつもりだ。これからももっと人を集めて、みんなで脱出しようと思っているしね」
「おお!何かふたり加わりそうだな!」
「そうと決まったら急ごう。今の佐々木さんの声で誰かがこの近くに来てしまったことも考えられる。全員あたりを警戒しながら進んでくれ。万が一のことがあったら、必ずバラけて、そしてまた商工会議所に集まろう。ここが目印だ、いいかい」
全員がうなずいた。

「大丈夫かしら?」
力なく座り込んでいた千尋に香春が声をかけた。
「壱花、やさしいでしょ?」
「良かったね、壱花がいてくれて」
彼女の顔を見なかったことは幸運だった。般若のような表情を浮かべていたことに気づかないのは。
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