忍者ブログ
こんなにも、愛しているのに
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

27:2008/02/15 AM13:20
「井沢望さん」
仮面をつけた女性――彼女の言うことを信じるならばその名は冷泉院閏(担当教官)――が名前を呼んだので、井沢望(2番)は立ち上がり、教室から足早に出て行った。普段はおろしているストレートヘアを、今日だけはポニーテールにした。これから何が起こるか分からないからか、彼女は気を引き締めるためにも変化を欲していたようだった。
教室のドアを出る時に、ふと背後を振り返った。もうすでに先頭に出発した藤堂花子(16番)から自分を含めて10人の人が退室している(かなしかな、すでに亡くなった柊明日香(20番)の分は差し引いて考えなければならない)。
プログラムでの生存者は21人――虹組は全部で24人いた。年に2回行われるクラス分けテストがあるとはいえ、順位やクラスはそう簡単に大きく変わるものではない。望もとりあえず親に失望されないように頑張ってはいるものの、万年虹組であった。このクラスの中にも、高等部に入って以来ずっと同じクラスである人も多いが、一方、虹組の一つ上にあたる桃組から“落ちてきた”人もいる。
虹組ほどのレベルとなるとあまり勉強への向上心による熾烈な競争は芽生えなかった。これ以上落ちる場所がないからだろうか。虹組のクラスメートはたとえばトップクラスの松・竹組のような腹の探り合いは決してない。そのため他のクラスと比べて仲が良かった。
それが今ではこのザマだ――望は廊下を歩きながら、先刻見た教室の光景に思案を巡らせた。教室に残された11人の――22の瞳に穴があくほど凝視されていた。懐疑、哀願、恐怖、憤怒、憐憫、ありとあらゆる負の感情が投げかけられていたのは確かだ。望は背筋にひやりとしたものを感じた。仲良しこよしの関係なんて、所詮生死の前に平伏さなければならないほど稚拙なものだったか。
足早に走り出しながらコートのポケットからメモ帳を取り出した。古ぼけてところどころお茶によるシミがついたメモ帳は、望の大切なものであった。メモ帳を持ち、やたら理屈くさい人といえば望、といったように既に周りの生徒には刷り込まれていたようで、ひとなつこい栗原壱花(5番)などはよくこのメモ帳に何が書かれているのか聞いてきたほどだ。
メモ帳には今まで担当教官から伝えられたルールが書かれている(担当教官からA4用紙を渡されたが、使う気にはなれなかった)。どうやら殺し合いをしなければこの首輪が吹っ飛ぶらしい――冷たい感触のある鉄製の首輪に指を重ねた。それに加えて、この小学校はすぐに禁止エリアになるらしい。すぐに離れなければ。
もう何でもいい。とにかく深く考えるのは後にしよう。望にとって今やらなければならないすべてのことは、藤堂花子を見つけてこの近くから逃げることだ。
藤堂花子――高等部1年からの付き合いだった。引っ込み思案で、ネガティブ感情の表現だけはいつもオーバーな彼女。あの小学校の一教室で柊明日香や西園寺湊が政府側の人間によって殺された時からすでに彼女の顔は真っ青だった。眼鏡の向こうの丸い瞳からは涙が洪水のようにわき出ていて、一番初めに学校を出発するとなった時はこの世の終わりを見たような顔をしていた。
花子を、柊明日香や西園寺湊斗(7番)のように死なせたくない。こめかみに大きな穴をあけて鮮血を迸らせたあの残忍なシーンが脳裏をよぎる。
人はいずれ死ぬものだけれども、こんな風に死にたくはないものだ……。
望は小学校の校舎を出て、目の前に広がる校庭をまっすぐ突き抜けた。花子はすでに出発してしまったが、望は出発前に花子に集合場所のメモを渡してある。小学校の北東側には裏山があるようなので、そちらの方面にいるように指示したのだ。うまく合流できるかはわからないが、花子のことだからそう遠くには行っていないはずだ。
「花子っ……」
大声を出して叫びたいのはやまやまだが、誰かに見つかってしまっては元も子もない。花子は信用できるが、ほかのクラスメートはそれほどまでに信用しきれない。
「のんちゃんっ!」
校庭のフェンスを乗り越えるとすぐそこは住宅街だ。その住宅街の電信柱の陰からひょっこりと藤堂花子が姿を見せた。
よかった、こんなにも早く合流できた。ともかくも無事に出会えたことに安堵しながら望はフェンスを越え、花子に近寄る。その顔は、恐怖と戦慄のために真っ青になったままであった。
「のんちゃん、のんちゃん、私……怖いです……」
堰を切らしたかのように花子は話し始めた。泣き続けていたのだろう、目を充血させて嗚咽を漏らした花子を見て、望はそっと頭をなでた。
「大丈夫さ、花子。どこか安全な場所に行かなければ。私が一緒にいるから大丈夫」
肩を震わせる花子の背中をさすりながら望は周りを見渡した。安全な場所と行ってもどこに誰がいるか見当もつかない。が、このまま立ちすくんでいるわけにもいかない。とにかく、塀の高い家を見つけてそこの陰になるようなところに腰を落ち着けた。
「のんちゃん……よかった、ですっ……ほんっ、と、会えなかったら……どうしようって、おもっ、て……」
しゃくりあげながら花子は続ける。彼女はあの小学校の教室を出た一番初めの生徒だから、殺し合いをしなければならない現実に最も長く触れていた生徒でもある。彼女の細い肩では大きなプレッシャーに耐えられなかったのだろう、雨にぬれた子リスのように肩を震わせていた。
この子は死ぬべきでない。花子の長い黒髪をなでながら望は心の中でつぶやいた。多少卑屈でオーバーリアクションな部分はあるが、心根は優しく、困ったように眉を寄せながら浮かべる笑顔は味がある。
「ここで隠れているときっ、一ツ橋君とアユ君がちょっと険悪な雰囲気で歩いているのを見たのでっ……一ツ橋君すごく怖いし……私、一ツ橋君に見つかったら殺されるんじゃないかって思って……」
「一ツ橋君が?ああ、彼なら……やりかねないかもしれない」
望の一ツ橋智也の印象はすこぶる悪い。顔だけなら好男子であり高等部どころか中等部にも憧れの的で、先日のバレンタインでも抱えきれないほどのチョコレートをもらっていたはずだ。顔だけなら確かにいい。ニヒルな笑いを引っ込めてその誹謗中傷しか出てこない口を閉じれば、間違いなく眉目秀麗だと思う。もっとも、望はあまり彼とかかわりがなかった。彼は彼自身が認めた人としか交流を持たないことにしていたからである。結城鮎太(24番)は彼に認められたのかもしれない。鮎太は物理系のスペシャリストなのは望でも知っている。ロボットコンテストで優勝しその名を広く世間に知らしめたことから、全生徒の前で表彰されたことがあるからだ。そういえば彼はいつも大事そうに抱えているロボットを今も持っているのだろうか。
「だから怖くてっ……」
「大丈夫、もう大丈夫」
何度なだめても花子の嗚咽交じりの悲哀感情は途切れることを知らなかった。
「怖いんです!みんなが私を殺しちゃうのかって思うと、私、恐ろしくて…!でも一番恐ろしくて大嫌いなのは…みんなを疑っている…私自身です…」
うつむいて視線を望からはなした。
「私なんて、早く死んじゃえばよかったのに…あのときに…死ねばよかったのかもしれません……」
ぱしんっと軽い音が空を切った。花子の左頬は薄紅にはれ上がり、紅葉のような形を作っていた。
「死のうなんて思うな、馬鹿。助けてくれた高瀬君にどんな顔向けすればいい?」
平手打ちされた衝撃で一度は引っ込んだ涙が、再び嗚咽とともに零れ落ちた。望は花子の隣に座ると、その頼りない肩を抱き寄せて「大丈夫、大丈夫だから。死ぬなんて言わないの」と語りかけた。力なく震える花子から、小さくうなずく仕草が見えた。

2人は今同時に、“あの時”の記憶をともによぎらせる。

今からおよそ1年前――高校1年生の冬だった。花子は両親家族、ひいては親戚から比類なき期待を寄せられていた。もとより農家の出身だが、近年では不作や農業事業全体の業績低下により代々受け継がれてきた田畑を売らなければ生活できないようになっていた。花子は、そんな窮地から一族を救う救世主のような存在でもあった。
国で3本指に入る有名な大学の付属高校に入学できたはいいが、成績順で分けられているその一番下のクラスから抜け出したことがない。このままではいい大学に入れず、いい婿を迎えることもできず、ましてやいい会社に就職することもできない。そして稼ぎ手となって一族を養っていけるはずもない。
初めのころは付属高校に入ったとして将来有望とほめたたえていたが、未来は暗いと分かると手のひらを返したように冷たくなった。実家を出して学校の寮に住まわせているのさえ、金の無駄だと本家からの通達が来た。世間で知らぬものはいないと言われている菊花大学に入学できなければ、そのまま実家に戻り、農作業手伝いをさせる――人々の期待は絶望に変わっていた。
幼いころより一家の行く先をその小さな双肩に乗せられていた花子は、いつも成績表と実家の顔色を交互に見ては体調を崩していた。電話越しの親の溜息、親戚から送られてくる「頑張っていい大学に進み、いいお婿さんをもらってください」という決まり文句付きの手紙。ふるわない成績を受け取っては、自分を責めた。なぜ、私は馬鹿なのだろうか。なぜ、私は期待にこたえることができないのだろうか。
冷めた視線を投げかけられることに耐えられず、当時から同じクラスで仲良くしていたはずの望にもこんな私情を相談することもできず、ついに花子は、寮生が絶対に来るはずのない菊花学園駅構内のホームに立ちつくすようになった。
毎日、毎日。通り過ぎていく電車を見てはため息をついた。ホームの黄色い線からあと3歩歩みを進めれば、このしがらみにまみれた世界からドロップアウトできる。花子の精神は迫られ磨り減り限界を迎えていた。
――お父さん、お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい、こんなバカな娘でごめんなさい。
「藤堂さん……」
背後から急に声をかけられた。振り返るとそこには、同じクラスの高瀬暁(14番)が立っていた。クラスでも目立たない、というより空気と等しいほどの存在だった花子の名前を覚えていてくれた。そのことにほんの少しだけ喜びを感じながら、一方で呼び止められる前にホームに飛び込まなかった意志の弱さを恥じた。
「毎日……そこで、立っているよね。確か、寮生だったよね……?」
恥ずかしそうに視線を合わせずに暁は尋ねた。当時から背が高く、申し訳なさそうにしゃべることは変わっていなかった。授業中に問題を答えるように言われても「え」「あ…」「はい」しか意思表示ができない人だとは花子も知っていたが。
「っ……次の電車に乗ろうと……してたんです!」
「荷物も持たないで……?」眉を垂らして心底心配そうな目で花子の顔を覗き込む。同年代の異性にこんなにも接近したのは初めてで、動揺した花子は「かっ、構わないでください!ちょっとお買い物行くだけです!」と意地を張った。
「……じゃあ……同じ方向だし……」
暁はその数分後に来た電車に花子とともに乗り入れ、5つ先の駅で降りて行った。
「これ、俺のアドレス……」
彼が手渡したものは、英字の羅列が書かれた生徒手帳のメモ欄をちぎり取ったような紙切れだった。
「つらいこと、あったら。いつでもメールして」
困ったように微笑んで、暁は閉まりかけた電車のドアから出て行った。
電車が動き出し、車内アナウンスが次の駅名を告げた。寮生にとって電車に乗るのは滅多にないことである。
知らない地名を告げられ急に心細くなった花子は、携帯電話を取り出してすぐさま暁にメールを打った。
 どうして、どうして彼は、分かったのだろうか――
PR
| prev | top | next |
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
attention!
 もうしわけありませんが、このブログは一気に読みたい方に不親切な設計となっています。
 各ストーリー末にあるprevやnextは使わないようにして、右カラムのカテゴリから逐一ストーリーを選んでいただくことになってしまいます。
 お手数をおかけし誠に申し訳ございません。

忍者ブログ  [PR]
  /  Design by Lenny