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こんなにも、愛しているのに
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04:2008/02/14 AM07:45


「おっはよーございまーす」
 どこか間の抜けた声が響いてきた。それからバスの入り口の階段を登ってくる陽気な男子生徒が入ってきた。彼の腕の中にはノートパソコンと同じぐらいの小さくかわいげのあるロボットが抱きかかえられていた。
「雅人、まだ出発まで時間あるよな? メカ澤の調節しきらなきゃいけないんよねー」
 長い前髪をかき上げて頭の頂点でピンで留める。小さなボディバッグを背にした結城鮎太(ゆうき・あゆた/24番)は、腕を振ってヤル気を見せた。
「まあ時間はあるっちゃあるけどね」
 鮎太の横で神田雅人(かんだ・まさと/03番)が呆れたように微笑んで軽く肩をすくめて見せた。「でも合宿にまで持ってくの? いくらロボコンが近いっていっても……」
「いや、これは物理の試験勉強の一角なんよ!」
 和気あいあいとした雰囲気で現れた鮎太と雅人は、バスのほぼ中央に位置する席に向かった。
「明史、一ツ橋サン、おはよ」
 鮎太は軽く手を振って挨拶をする。黒木明史(06番)は手を振って応え、一ツ橋智也(21番)は一瞥した後につんと顔を背けてしまった。

「あゆ、それでロボコン出るの?」
 明史がメカ澤と呼ばれた小さなロボットを指さして尋ねた。
「こいつはいわゆる司令塔。俺の手元からこいつに命令を出すと、こいつが小型のロボットに電波発するようになってんよ! だからメカ澤に試行錯誤してんのさ」
 友人5人と物理研究会を立ち上げ、もっぱら高専が出場するロボットコンテストにエントリーし、優勝も射程県内に見据えているという自称・ロボットオタクの鮎太の研究には、虹組だけではなく他のクラスの生徒も注目していた。以前ロボットコンテスト東海大会で優勝したとき、高等部の全員の前で学長直々に表彰されたのでその名前は知れ渡っているのだ。


「いいね、なんかそういう特技があるって言うのはさ。あゆだけじゃなくて雅人も凄いもんなぁ」
 明史の視線は神田雅人へと注がれた。あごが広くえらが飛び出た顔が、今は真っ赤になっていた。
「そ……そんなことないよ、俺、ぜんぜんうまくないんだって」
 雅人は謙遜してみせるが、彼は若くして高名なバイオリニストで、全国コンテストで何度も優勝している腕前である。バイオリンといえば幼いころから続けてくるのが定石ではあるが、雅人のすばらしいところは、初等部5年生のころから始め、まだ6年か7年しか経っていないのにめきめきとしかも確実に実力を培ってきたところである。
「まったまたぁー! 雅人ったらずいぶん謙虚なんだね!」
 鮎太がひじで雅人の小脇をつつく。雅人は弱々しくすぐにバスの座席に倒れこんだ。


 時を同じくして「お願いします」という蚊の鳴くような声がした。バスの小さな階段を静かにあがる音がし、通路に名波高良(ななみ・たから/18番)の姿が現れた。
「おっせーよ高良ァー。こっちこっち」
 先ほど一ツ橋智也と口論になった西園寺湊斗(07番)が、まだ仏頂面を浮かべつつ、高良に向かって手を振った。高良はふらりと顔を上げた。長くて線の細い前髪が細くつりあがった目を覆い隠している。しかし彼が神田雅人の隣を通り過ぎるとき、その目は雅人へと向けられた。雅人は眉の無い目でにらまれて萎縮する。

 雅人は目が合った拍子に「お、おはよう、名波君」と挨拶した。高良は小さく口を広げて何かを呟いたが、周りにいた明史や鮎太はおろか、雅人にすら聞こえなかった。
「雅人大丈夫か? 顔色悪いよ」
 メカ澤を抱えたまま鮎太が雅人の真っ青になっている顔を覗き込んだ。一拍間を空けてから、我に返った雅人は「あっ、大丈夫、大丈夫」と答えた。
 高良は何事も無かったかのように素知らぬ表情で最後列に座り西園寺湊斗、柊明日香(20番)、平野小夜子(22番)の不良グループの中に混じった。そして窓側に座ると、ぼんやりと外を眺めていた。


「おっはー」
 また新たに生徒がバスに乗り込んできた。パッチワーク作りのリュックを膨らませて塚本雫(つかもと・しずく/15番)が明史の元へと来て尋ねた。
「点呼って今? それともあと?」
「時間が着たら点呼するって何度言われれば分かるんだよ単細胞。お前の頭は飾りかバカ女」
 明史の代わりに答えたのは、その隣に座っていた一ツ橋智也だった。彼は取り巻きの女子生徒に対するイライラをまだ解消できないのか、表情も変えずに口だけ動かした。
「んなっ……単細胞って、余計なお世話だバーカ!」
「学年一位の俺にバカなんて言える立場か。ギャーギャーうるせえんだよ能天気」
「それは元の話でしょーが! あたしだってねえ、次のテストでぜえええったい桃組にあがってやんだから! あんたになんて負けないわよ!」
「やれるもんならやってみろよ、どうせ後で『あれは嘘だったー』なんて言うんだろ? 結果が目に見えてるんだよ、毎年のことだし」
「うっ……うるさい! 今年こそは絶対に!」
「はいはい豚足女は黙ってろ。馬鹿は余計な酸素を使うな」
 罵詈雑言の応酬をほとんど間髪いれずに続けた2人は、同じ陸上部ということもあってこういった口論はほとんど日常的なのだ。智也の投げかける言葉は非常に汚いが、雫は智也にとって数少ない『会話する人間』にカテゴライズされていることは確かである。

「しーちゃん、喧嘩はダメだよ」
 雫の背後から中村修司(なかむら・しゅうじ/17番)がひょこりと顔を出し、柔らかい声で二人の口げんかを諌めた。
「争いから遠ざかるのはその人にとって名誉あること。けんかをうるのは愚か者のすることだ。……旧約聖書の諌言だよ」小さな体躯から発せられる言葉は重く、雫を黙らせるのには十分だった。彼の胸元にある豪奢なロザリオがきらりと光った。
「うう……ごめんね、シュウ」肩を落としてしょげる。青菜に塩とはこのことだろう。修司はお世辞にも高校生らしい体格とは言えなかったが、小さい体から発せられる言葉には大きな力がこもっていた。


 その後しばらくは誰も現れなかった。集合時刻まで残り5分を切っている。
 バスの中にいる何人かは会話に花を咲かせているようだった。先ほどの塚本雫と中村修二は隣同士の席に座り、京都でのお土産について語り合っている。最後部座席に座っていた平野小夜子は飽きもせずに無関心を保つ智也に話しかけては、彼の辛らつな言葉の嵐を受けている。
「大体半分くらい集まったかな……そろそろみんなに集まって欲しいんだけど……」クラス委員として明史が心配そうに腕時計に目を落とした。


 こつん、こつんという音を立ててマイクロバスに乗り込んでくる足音が聞こえた。
 佐々木千尋(ささき・ちひろ/10番)がウェーブのきいた長い髪の毛を気にしながら無言で前方の席に座る。その後ろから佐久間茜(さくま・あかね/08番)が心底不機嫌そうな顔をして、これまた無言で千尋の隣へと座る。彼女らは一切クラスメートへの挨拶をしなかった。
「佐々木さんと佐久間さんが来た……っと」
 明史が名簿を取り出して彼女らの欄にチェックを入れる。回りのクラスメートは彼女らが来て着席していることに気づいただろうか?誰の会話のトーンにも変化が無かった。
「何だ、てっきり来ないものかと思ってたがな。あれだけ京都行きにぶつくさ文句言ってたくせに」
 その名簿をちらりと横目で見ながら智也が小声で呟いた。「性格悪すぎだろ」
 智也が言うほどでもないと思うけど……と明史は心の中で呟き返した。けれど彼女らの性格が悪いことは否定できない。クラスに馴染まないことも一理あるが、それ以上に、自分の意見を押し通して、周りの事を顧みらないタイプなのだ。つまり、2人とも協調性に欠けるのである。
 虹組の修学旅行の行き先が京都であると上から通達を受けたときも、真っ先に反対したのが佐久間茜と佐々木千尋である。依怙地になって自らの意見を譲らなかったが、結局民主主義の原理で負けてしまった。
 かといってあの2人の仲がとてもいいというわけではない。いつも一緒にいる割には、口を開けば喧嘩ばかりなのである。だったらなぜいつも一緒に行動しているのだろうか?という疑問は当たり前のように生じる。けれど誰もそのことに触れたことが無かった。
 今日も茜は唇をアヒルのように尖らせ、三白眼を細めて不機嫌そうに外の景色を眺める。千尋は小さなショルダーバッグから鏡を取り出して、懸命に覗き込んでは化粧を直していた。


「あ、あれ! マダムの車だ」
 ひょうきんな声で鮎太が声を上げる。バスの室温に合わせて学生服を脱いだようで、ワイシャツにセーターという寒そうな格好のまま窓を開けた。
 窓の外には黒い、いかにも高級そうなセダンが止まっている。運転席からスーツを着た初老の男性が降りてきたかと思うと、彼はすぐに後部座席のドアを丁寧に開けた。車中から出てきたのははちきれそうなセーラー服に身を包んだ高砂巴(たかさご・ともえ/女子13番)であった。マダムという愛称がぴったりの、どんぐり眼とふくよかな体格を持ち合わせる巴。彼女は愛嬌たっぷりに手を振る鮎太に気づくと微笑んで小さく手を振った。
「ごきげんよう、皆さま」
 バスに乗ってきた巴はにこりと微笑んで挨拶する。礼儀正しさは、さすが外資系の古参である高砂グループの令嬢と言えようか。
「おはよう、マダム!」
 前方の席に座っていた雫と修司が挨拶する。その一人ひとりに対して巴は丁寧に挨拶を返した。
「ごきげんよう、黒木さん。遅れてしまってすみません」
「大丈夫だよ、マダム。まだ来てない人はたくさんいるからね」明史は出席名簿の高砂巴の欄にチェックを入れる。そして軽くため息をついた。

「そういえば、壱花さんや妃奈さん、いづみさんが下級生の方々に囲まれていらしたようですよ。今日はバレンタインデーでしたわね。花子さんもどうやら望さんをお待ちしているようでした。ですから全員集合ももうすぐですわね」
 車に乗ってくる割には周りのことに関心が向いている。明史は巴の観察眼を尊敬した。栗原壱花(05番)は遅刻寸前常習犯であるから、彼女と仲がいい桜庭妃奈(09番)や穂高いづみ(23番)が遅れてくるのは明白だ。そろそろ集合してくれないとまた生徒指導部からのお咎めが飛んでくるに違いないと悟った明史は、バスを降りてまだ来ていない人たちを催促することにした。こんなとき、副クラス長がしっかりしていてくれればな、と思った。が、首を振る。副クラス長は菊川優美(04番)であり、現在このバスにいない。宗家・分家の関係である高瀬暁(14番)に見栄を張ろうとして立候補したのはいいが、せめて少しくらいは仕事をして欲しいと常々思っていた。

「じゃあ俺がちょっと見てくるよ」
 明史はため息とともに席を立った。隣に座る智也は心底関心のなさそうな目で明史を送る。


 バスを降りると、一人の生徒と鉢合わせになった。げっそりと頬のこけた顔で、睡眠不足なのだろうか、その人は明史を見ると露骨に不機嫌そうな表情を浮かべた。
「やあ、朝比奈君。ごきげんよう。遅いじゃないか」
 朝比奈悟(01番)はフンと鼻を鳴らすと、明史の横を通り過ぎた。「うるせえよ、金持ちのボンボンにとやかく言われる筋合いは無いね」
 足取りがふらついている。酒のにおいは感じなかったので、おそらく徹夜でもしたのだろう。中高一貫校である菊花学園では、2年生までで全てのカリキュラムを終わらせる。つまり2年の学期末テストは、今まで積み重ねてきたことの総復習である。大学進学を賭けたこのクラス分けに心血を注いでいる人は珍しくない。勉強合宿だけでは飽き足らず、日夜勉強を続けているのだろうと明史は思った。
 当然、本当はそんな訳が無いのだが。
 明らかに嫌悪感を表している朝比奈悟をバスのほうへと見送って、明史は入り口のほうへと向かっていった。



 白とピンクのチェックのマフラーをもう一度巻きなおした。やはり2月中旬はどこも寒い。先日降った小雨で出来た水溜りが凍結していた。何人かの初等部の生徒が、その凍った水溜りでスケートリンクよろしく滑っているのを見かけ、なんだか微笑ましい気分になった。
 分厚い手袋を仕立てにそっと収められているのは小さな包み紙。里見香春(11番)はそのラッピングリボンを丁寧に結びなおしてニコリと笑った。そう、今日はバレンタインデーだ。校門の柵に背中を預け、この力作を受け取るべき人をずっと待ち焦がれていた。心なしか、頬が緩む。

「あ、かっはるーおっはよー!」
 大きく手を振って現れたのは、香春がマネージャーを務めるソフトボール部キャプテンの栗原壱花だった。短髪に浅黒い健康的な肌。女性とは思えない豪傑さが彼女の長所である。遅刻を防ぐためにランニングしてきたのだろうか、軽く息を弾ませていた。
「おはよう! 壱花!」全国でも有数のお金持ち学校のため挨拶は「ご機嫌よう」が常識であるが、ソフト部では伝統的に『おはよう』と挨拶をしていた。
 壱花に遅れて桜庭妃奈、穂高いづみも現れる。
「おはよう、ひいちゃん、いづみちゃん」
 口元だけを緩めて香春は挨拶をした。スポーツをやっているだけあって平均身長の高い3人に囲まれ、頭ひとつ低い香春はやたらと目立つ。


 壱花が香春の手に握られていたピンクの紙袋を見つけてにやりと笑った。そして手招きをして香春を少しはなれたところへ連れて行く。
「それがうわさのバレンタインのプレゼント? 憎いねぇ、このこのぅ!」
 うれしそうな目で香春を見て横脇を小突く。そして付け足した。
「明史、喜ぶぞ!」
 クラス長を勤める黒木明史を話題に出した。彼は人望も厚く、些細なことにも気が利く優秀な人物である。壱花とも仲が良く、香春ははっきりとは言わなかったが、明史にその気があるようだと壱花は分析していた。
 香春は一瞬地面を見た後、顔を上げて「そうね、きっと喜んでくれるわ」と言った。
 壱花は幸せそうに満面の笑みを浮かべる。それに釣られて香春も目じりを緩めた。


「壱花! 遅いぞ、もうそろそろ時間だから!」
 壱花の背後から男の声が飛んできた。
「うわさをすればほにゃららら」
 色男が登場だよ、と壱花はまた香春のわき腹を小突く。壱花のほうに走ってきたのは、黒木明史だった。小奇麗に整えた学ランと頭髪は、いかにも爽やかな印象を演出している。
「はいはーい! 今行きまーっす! ごめんねー」
 調子のいい声で壱花は応える。そのまま彼女は妃奈やいづみの居るところに戻り、バスへと向かった。
 香春は一度立ち止まった。そしてじっと明史のほうを向く。
 その目に光は宿っていなかった。
 視線に気づいたのだろうか、明史も香春のほうを見た。彼はすぐに視線をはずし、きびすを返した。

「香春ー?」
 壱花に呼ばれて彼女は明史から視線をはずす。
「今行くよ!」笑顔で振り向いた。
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