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こんなにも、愛しているのに
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13:2008/02/15 AM10:00


息の詰まるような沈黙には慣れていなかった。授業中なら先生の講義の声や質問を投げかける生徒の声がしたり、“音”は忙しなく入り乱れていたりしたからだ。授業が暇なときはその声の波長をイメージしてグラフにおこし、積分して面積を求めては時間を潰していたのを覚えている。そのような余計な事をしているから、物理・数学以外の成績が芳しくないのも安易に予想がつく。成績表にはいつも物理と数学だけ10段階のうち10が付き、それ以外はせいぜい3ぐらいだった。生物に関しては何の興味も湧かないほどだ。

嫌気性呼吸をしていた生物が滅んで恐竜が出現した中で、いかようにして人間が誕生したかなんて大昔の話には興味がない。興味があるものはたったひとつ、未来のことだ。過去の決まり切った史実をなぞりながら覚えるのはつまらない。しかし未来のことは誰も予想ができない。そんな未来に希望をもって生きたほうが断然人生が面白くなるはずだと彼は信じていた。

結城鮎太(24番)は胸に抱えられる程度の小さなロボットの長い腕をいじっていた。中学生の時、某大手企業がお茶くみをするロボットを開発した。そのロボットはダンスをしたり階段を上ったり、さらには人を認知する能力をまで身につけてしまった。
ロボット市場はこれからも無限の可能性を秘める。人間のように器用に動けるのならそれは医療分野・工事などの危険な場所・単純作業での応用が可能になる。他にも導入できる場所はあるはずだ。そんなロボットのポテンシャルに鮎太は魅せられた。いずれ自分は世界中の誰もが真似できない、実用可能で低コスト、しかも誰からも喜ばれるロボットを作るのだと心に決めていた。

「では、柊明日香さんが亡くなったので、次は一ツ橋智也君」
鮎太はふと現実世界に引き戻された。襟首を掴まれて無理やり戻されたような感覚がして苦しい。よほど現実世界に帰りたくないのだろうか、この感覚はロボットの中央処理装置を製作している真っ最中に「下校時刻です、あと10分ですべてのドアにロックがかかります」と言われたときと同じである。人が真剣になっているときに水を差されることは実に腹立たしい。
「はい」と小さく返事をして一ツ橋智也(21番)は立ち上がった。陸上競技で鍛えられた脚は長く、クラスで1,2を争う長身を形容し、さらに大量にもらったらしいバレンタインチョコレートの数は彼の容姿を如実に評価している。そんな天才児・一ツ橋智也に鮎太は少なからずとも憧憬の気持ちを抱いていた。物理しか出来ない、目の細い中背の鮎太には羨望を抱かざるを得ない。
たまに話しかけてはいるものの、なかなか笑ってくれないのを気にしていた。鮎太はクラスでも一番活気のある生徒であるからなおさら相手を元気づけたい気持ちがあった。(もとより、智也には残念ながらそういった感情が希薄ではあるが)
そうこう思いを巡らしている間に、一ツ橋智也はいなくなってしまった。 そういえば彼が先日行われた全国一斉テストで1位をとったから、このクラスが高校2年生を対象とした特別プログラムに選ばれたのだったと今更ながら思い出した。恨みよりも、やはり羨望が先行していた。

この先は平野小夜子(22番)、穂高いづみ(23番)、そして自分。あと6分後には自分の番である。そう考えると鮎太の心臓は急に大きく脈を打ち始めた。この緊張感は以前ロボットコンテストの決勝ラウンドのステージに立った時と同じだった。震えあがり、体中の立毛筋に向けて交感神経がノルアドレナリンを出す。
好奇心と、ほんの少しの恐怖感。
場にに使わない脳天気な考えかもしれないが、鮎太の中には好奇心の蕾が芽生えていた。クラスメートを殺さないととにかく生きて帰れないという条件はともかく、この教室を出た先に何があるかという「未来」に鮎太は畏敬の念を抱いたのだ。

「平野小夜子さん」
担当教官の冷泉院閏は相変わらずその仮面を顔に張り付けたまま呼名した。しかし一方で小夜子は同じアウトローグループで、今は冷たい体となってしまった柊明日香(20番)と西園寺湊斗(07番)のことを嘆いてすっかり足から力が抜けてしまったようだ。嗚咽を噛み殺そうと必死になっているが、かなわない。
「早くしてくださいね。それとも、強制的にお友達のところに逝かせてあげましょうか?」
冷泉院の語尾が強くなる。彼女の両脇を守っていた男女の大柄兵士コンビが素晴らしい協調性を以てして銃口を一点に向ける。小夜子は気が触れた人のように声を上げて泣き出してそのまま走りだした。
「おいこらチビザル待てや!」
綾小路(男兵士)が支給バッグを思い切り小夜子の頭に向かって投げる。鈍い音がして重たいものが木製の廊下に落ちた音がした。壁で仕切られているために鮎太たちからはその様子が見えないが、泣き声がさらに大きくなったのは確認できた。
生まれて初めて見る木製の校舎。それはぎしぎしと音を鳴らして小夜子が走って逃げたことをご丁寧に知らせてくれた。

次は穂高いづみであることを冷泉院は伝えた。いづみは今、風邪をひいているらしいことが鮎太からも見て取れた。何度かせき込んでいるの。そのせき込みようがあまりにもひどくて、つい先ほど佐々木千尋(10番)と口論になったほどだ。当然あの口論はヒステリーを起こした佐々木千尋本人が悪いのではあるが(それにもともと千尋はそういうクレイジーな性格なので鮎太はこの口論が起こることを当然ととっていた)、女子の金切り声で口論されていらつかない者はいない。どうしてあの波長の声は、人をいらいらさせるのだろうか――滅多に腹を立てない鮎太も、あのときばかりはさすがに苛立ちを隠せなかった。

「では穂高さん、どうぞ」
深紅のドレスの腕の裾からのぞく純白の手袋。その手袋がまっすぐドアのほうを指差した。
いづみが支給バッグをもらったちょうどのその時、「いづみ!」と群がるクラスメートの中央あたりから声がした。桜庭妃奈(09番)だ。名前に負けず高校生らしかぬ容姿で、ソフトボール部でも屈指の人気プレーヤーだった。同じチームメイトを思いやってだろう、いづみを至極悲しそうな目で見ていた。いづみは一度妃奈のほうを振り返ってから向き直して、おかっぱの髪を揺らして暗闇に消えていった。


「あと2分後に結城鮎太君、あなたの番ですよ」
ついに来た、このときが。鮎太はギュッとこぶしを握った。あの奇抜な格好の担当教官にいざ自分の名前を呼ばれると、急に世の中のすべてが現実味を帯びて襲いかかってきた。汗腺という汗腺から汗が染みだし、拍動数は限界を迎えている。よもすれば其のまま逝ってしまうのではなかろうかと考えてしまうほどであった。胸に抱えていたロボット・メカ澤を抱き上げて、気が早いけれど立ち上がった。

隣に座っていた神田雅人(03番)が見上げてくる。何か言いたげな顔をしていた。
わかってるんよ、まー君――鮎太はぎこちなく口角をあげて笑おうとした。しかしどうもうまくいかない。足も震え、メカ澤を抱える腕もしびれている。これから、これから何がわかるかわからない。だけど、まー君の邪魔だけはしないから。俺、まー君のやりたいことよくわかるよ。
中等部で同じクラスになりそれからずっと一緒だった神田雅人は、そっと鮎太から視線を外し、どこか別のほうへ向けた。長い間切望していたことが、彼にはある。

俺は、一歩踏み出さなきゃいけない。クラスメートが集まって床に座り込んでいる後ろのほうから、人の網をかき分けて進んだ。一歩、二歩、と進んでいった途中で、突然足を何かに引っ掛けて「そぉい!!」と叫んでしまった。
バランスを崩したのもつかの間、どうやらそこは穂高いづみが先ほど座っていた位置らしく、ちょうど空席の場所だったから良かったものの、そこに顔面から倒れこんでしまった。
「いったーいー!! 鼻、鼻、鼻から落ちた!!」
動物的本能でメカ澤を下敷きにしてしまう最悪のパターンだけは避けられたが、そのおかげで頭から落ちてしまった。
いつもならクラスからどっと笑いが込みあがるはずだが、今は何も聞こえない。それもそのはずだ、今は『クラスメート同士の殺し合い』となるプログラムの出発段階、いわゆる13階段の華麗なる第一歩目である。それなのに――
各所から、小さな笑いが漏れた。

「大丈夫か鮎太?!」 委員長の黒木明史(06番)が驚いた表情で立ち上がり、倒れた鮎太に手を差し出した。
「明史ぃ~」
ついいつもの調子で泣きついてしまった。しかしそれが良かったのだろうか、ぎこちなかったからだから一気に緊張感が取れた。明史は怪我はないか?と鮎太の広い額を軽くたたき、コートについたごみを落としてくれた。
「後ろのほうにも付いているぞ」 背中のほうにも手をまわしてくれた。しかし明史の顔が横切った時、既にそこから表情が消えていたことに気付かなかった。

「ポケットに詳細が入っている。後で読んでくれ。絶対死ぬな」
ぼそりとつぶやかれる。
気が緩んだ一瞬の隙に、コートのポケットから並々ならぬエネルギーがわきあがってくるのを感じた。虚を突かれた鮎太は一瞬何のことやらと戸惑ったが、「本当に、いつでもおっちょこちょいなんだな」にこりと微笑んだ明史を見て納得した。

――明史、『何か』やるつもりなんだな?

鮎太は前を向き直した。ちょうど2分ほど経ったらしい。冷泉院閏がドアをまっすぐ指差していた。「速やかに出て行ってくださいね」と。
予想以上に重たい支給バッグを受け取り、廊下に出た。2月らしい冷たい風が吹く。とにかく急いで外に出て、明史からもらった手紙がなんであるかを確かめなければならない。

どうやらこのプログラム――“ただ死を待つだけ”のものではなさそうだ――

未来は何にでもなることができるのだから。


例えそれがいい結果であろうとなかろうと。








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 お手数をおかけし誠に申し訳ございません。

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