忍者ブログ
こんなにも、愛しているのに
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

09:2008/02/15 AM09:00

「何か書くものはありませんか? たぶんいろいろ注意事項はあるだろうと思いますし、長いルールだと忘れちゃうかもしれないので。あ、配慮してゆっくり言うことはありません。僕らはノートをとるのは得意ですから」
 全国屈指の進学校で名高い菊花学園高等部には、鬼のような板書を繰り広げる先生は何人もいた。とても早口で説明している先生もまた何人もいた。なので口頭叙述をノートに取ることは自然に身についていて、生徒の中にはその能力を活用して速記の資格を取っている人もいたほどだ。
「許可しましょう。それに紙と筆記具はこちらから支給するつもりでした。では、綾小路さん、右京さん、手伝ってください」
 教卓の引き出しの中から鉛筆の束と、紙が取り出された。右京と呼ばれた女兵士には鉛筆を、そして綾小路と呼ばれた男兵士には紙を半分渡し、冷泉院閏自らも紙を配り始めた。それにしても右京も綾小路も図体が大きく、その手に握られている鉛筆が今にも折れそうなほどであった。

「このA4用紙は好きに使っていただいてかまいません。しかし裏側には後でこちらからする指示する誓約書のようなものを書いていただくので使わないでください」
 旧華族の女性が好んだような派手なドレスを揺らして冷泉院は紙を一枚一枚配る。その気色悪い白い仮面にはまったく表情は出ていない。見るからに怪しげな女だった。
「では、普通の速度で話していてもいいようなので、このスピードで話しますね。
 まずはこのプログラムの概要からです。先ほども言いましたとおり、全国統一模試の第一位である一ツ橋智也君のいるクラスが選出されました。
 プログラムの実施期間は出発者が出てからきっかり3日間です。そして皆さんの中で生き残ることができるのは、たった一人です」

プログラムで生き残ることができる人間は、"優勝した"人間であるということは常々耳にしているので知っているが、今残っている21人のうち20人が死ぬと考えるとだれもが鳥肌が立つ思いを抱いた。
しかしそういった感情も、どこか現実離れしていた。クラスメイトが3人も死んだというのに、まだ何か引っかかるものがあった。

「基本的に殺人は合法化されます。これから皆さんにランダムで武器をお渡しいたしますが、それらも法に触れません。ただしわれわれ政府側の人間にたてつくことや、反乱行為は即処刑です。よろしいですか?」
 何人かは配られた紙に無心に鉛筆を走らせていた。まるで"先ほどの処刑現場"を忘れようとするかのように。
「それから、水道・電気・ガスなどのライフラインユーリティはすべて停止されています。ちなみにここに電気が通っているのは、ここで自家発電しているためですよ。夜も真っ暗になってしまうかもしれませんが……頑張ってください」
 命をかけた生活となるのに頑張ってくださいの一言で片付けられたことが不満だったのか、生徒の中には大きくため息を漏らすものもいた。
「では次の項目。先ほどもどうやら疑問点に挙げられていたようですが、ここの場所についてです。こちらをご覧ください」
 右京(女兵士)によって張り出されたのは観光用の地図のようだ。だが見覚えがある地理である。
「観光ガイドブックについていた地図ですみません。ここはあなたたちが通っていた静岡県の片田舎、上田町にある大きな滝のふもとです。観光スポットにもなっていますよね?」
 寮なども完備して全国津々浦々から生徒を募集している関係もあって、地元静岡から来ている生徒は半分にも満たないが、それでも上田町の観光スポットである滝は学校とそれほど距離があるわけでもないのでよく美術の写生などに連れて行かれたこともある場所だ。見覚えのある大きな滝、そしてその下流に当たる川がちょうど地図の中で斜めに走っている。川には橋があり、その北側には集落がある。上流のあたりは滝なのだろうか、等高線が引いてあるのが見える。思いのほか見知らぬ土地、というわけでもなさそうだ。しかし既知の場所でクラスメートが死ぬかもしれないのだと思うと、なおさら胸が痛む。

「プログラムは原則として開催県と同じ県の島を使うことになっています。ですが静岡にはあまり適した島は無く、仕方なしにここになりました。当然、住宅地から住民は避難していますし、周りは四方有刺鉄線の金網が張り巡らされ、数万ボルトの電流が流れています。その向こうにはこちら側で用意した精鋭部隊を配置。金網を越えて逃げ出そうという生徒はルール違反とみなし、処刑します。あとで皆さんには市役所や図書館などにおいてあるような、家主の名前まで書いてあるような詳細な地図を渡しますので、今はアバウトな図で許してくださいね。大体このぐらいになります。何かここまでに質問は?」
 少し間合いをあけた後、ハイと言う声がした。仏頂面で構えていた佐久間茜(08番)が手を上げていた。

「住民が避難しているって言うけど、家とかって鍵は開いてるの?」
 冷泉院閏はうなずくと、黒板のチョーク入れに置いてあったらしい太い黒のマジックを取り出し、ふたを開けた。
「民家の鍵についてですが、まあ、避難ですからね。家を空けるのです。多くの家は締まっていると思いますが……そこはいろいろ考えてください」

「まあ、それではまるで泥棒さんですわ。でも、電気が通っていなければ鍵は開いているのでは? あ、でも非常電源が入りますよね?」高砂巴(13番)が首をかしげた。虹組の中でもトップクラスの裕福な家の令嬢なので、エレクトリックによるオートロックの家でない家のは見たことが無いのだ。
「“普通”の家はオートロックじゃないんだよ。鍵をさしてあけるタイプだ。金持ちはそんなことも知らないのか?」
 見るからに不健康そうなやせこけた頬を吊り上げて朝比奈悟(1番)が嗤う。彼はいつも虹組やほかのクラスの裕福な人を指差して「庶民の気持ちも知らない世間知らず」と忌々しく呟いているほど金持ち嫌いであった。
「あら? そうでしたの。教えてくれてありがとうございます」
悟の皮肉もものともせず(というより彼女には単なる忠告にしか聞こえていなかった)、屈託の無い笑顔で巴は返した。

「はーいはーい。じゃあさ、別に自分ちの別荘だったら入ってもいいんだよね?怒られないよね」手を左右に振ってアピールしながら結城鮎太(24番)が尋ねた。
「え、アユの家ってこの近くなの?」と隣にいた神田雅人(03番)に尋ねられて、笑顔でうなずいた。そして「と言っても別荘だけどね」と加えた。
「そういえばここのあたりは学校と近いですから、誰かの家があってもおかしくはありませんね。別荘ならおそらく避難警告は出されていなかったのでしょう。それはあなたの家の別荘なのですから、決定権はあなたにありますよ、結城君」
そーなのかーと言いながら鮎太は屈託のない笑顔で微笑んだ。それはいつもの陽気な彼の表情のままだった。





【残り21人】
PR
COMMENT
Name:
Title:
URL:
Message:
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Pass:

TRACKBACK
この記事にトラックバックする
| prev | top | next |
| 19 | 18 | 17 | 16 | 15 | 14 | 13 | 12 | 11 | 10 | 8 |
attention!
 もうしわけありませんが、このブログは一気に読みたい方に不親切な設計となっています。
 各ストーリー末にあるprevやnextは使わないようにして、右カラムのカテゴリから逐一ストーリーを選んでいただくことになってしまいます。
 お手数をおかけし誠に申し訳ございません。

忍者ブログ  [PR]
  /  Design by Lenny