忍者ブログ
こんなにも、愛しているのに
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

08:2008/02/15 AM08:45
嗅いだことのある、つんと鼻腔を突き刺すようなにおい。
 ああ、このにおいは知っている。
 ああ、このにおい、とても懐かしい。
 何だろう、2年前を思い出す。
 そういえば、あの人たちもこんなにおいを纏わせていたっけ。
 ――血のにおいを。

 ――――  何の舞ぶれもなく大きな破裂音がしたかと思うと、ちょうど冷泉院閏(担当教官)に殴りかかろうとした二人のうち一人の柊明日香(20番)が横っ飛びに吹っ飛んだ。殴りかかろうとしたもう一人の西園寺湊斗(07番)は、右のこめかみに真っ赤な穴を開けて、穴と同じぐらい真っ赤な液体の中に黒い髪の毛を浸す明日香を見て硬直した。
「いやあああ!!」
 赤いしみはどんどん広がりを見せ、叫び声を上げた菊川優美(04番)の足元にまで及んだ。脂肪を纏った身体をふらつかせ、目を真っ赤にしている。同じ華道の分家である高瀬暁(14番)に支えられてやっと意識を保ったままでいられるようであった。

 

そのとき、冷泉院閏が入ってきた教室前方にある扉から声が飛んできた。
 「あひゃひゃひゃ! ざまぁ見やがれガキんちょども! 閏先輩に近づこうとするヤツァ全員蜂の巣だぞ!!」
 ずいぶん大柄の――身長だけなら長身の一ツ橋智也(21番)や高瀬暁にも勝るだろう――男が、身体と釣り合いの合わない小さな黒い物体を右手に、そして左手には重そうな物体を持っていた。大柄の彼が左手をすっと上げると、その刹那、連続音がしてマズルフラッシュが光った。
 「担当教官に歯向かった奴は死刑! 脱走しようとしたやつも死刑! つーか閏先輩に近づいたやつが死刑だ! わかったかこのバーカ! 閏先輩から離れろ!」罵詈雑言はどうやら冷泉院閏(れいぜいいん・うるう)によって惨劇から目を背けられた形で抱き込まれた黒木明史(06番)に向けられたようだ。明史は目の前で起きた殺人、それも銃による一瞬の殺人に衝撃を受けた様子で、大声を張り上げられてもどこかぼんやりしていた。

 「黒木君、しっかりして」
 冷泉院に解放されると一目散に、銃殺の恐怖よりひとつの塊になって身をよせあっているクラスメートの方へと駆けていった。


「よくも明日香を!」
 西園寺湊斗の標的が、迷彩服で身を固めた大柄の男へと代わった。ほとんど本能により恐怖は打ち消され、その代わりに仲間を殺した人への憎悪が先行し、身体が動いた。
 湊斗の身体が瞬時に大柄の男へと近づく。大柄の男が銃を向ける間も無く、ふたりの距離は近づいた。
「おおおおお――」
 彼が叫んだのもむなしく、その声は途中で途切れた。大柄の男の後ろから、また新たな影が飛び出してきたのだ。


 思わず耳をふさぎたくなるような音が聞こえた。
 雑音は途中から消え、最後に残されたのは首をほぼ180度回転させ、肥大化した舌を口からのぞかせて血を吐いた湊斗の亡骸だけだった。
 陰から出てきたのは、これまた縦にも横にも広い、まるでプロレスリング選手のような女性だった。厚ぼったい唇で何かつぶやいたように見えたが、隣にいる大柄の男の卑猥な笑い声にかき消された。
「みっ……みな、と……? あすか、ちゃん?」
 柊明日香や西園寺湊斗と同じ不良グループの平野小夜子(22番)が、大きな目にめいいっぱいの涙を溜めたまま絶句した。何事かを小さくつぶやきながら、彼女はぺたりと座り込んでしまう。そのときになって、涙がこぼれた。

「もういや!! こんなのもういやだ!! 帰りたい、帰らせて!! 理不尽すぎるのよ!」
 先ほど絶叫をあげた菊川優美が頭を大きく振って嘆いた。彼女の頭が揺れるたびに、長いお下げが暁にばしばしと当たる。けれど頭部に穴が開いて血を流しているクラスメートを眼前にすれば、発狂するのも無理はないだろう、優美は顔面蒼白で泣き続けた。
「嫌だ、死にたくない、死にたくない!!」
 肩を支える暁の手を振り払って、彼女は走り去る。今や軍人姿の大柄な男女がいなくなった前方の扉から彼女は全速力で出て行った。
「あっ」
 暁は一歩も動けず、ただとっさに漏らした声だけが響いた。
「閏せんぱぁい、追いますかぁ?」
 大柄の男は冷泉院に尋ねたが、彼女は首を振った。優美が逃げていった廊下には足音のこだまが聞こえてくる。
「皆さん、これからは私たち政府の人間の言うことをしっかり聞いてください。さもなくば……」
 いったんそこで言葉を切る。恐れおののく生徒たちは気が気ではなかったが、それでも冷泉院のずいぶん意味深な間は、後にその答えを入れる空白だったのだということを知る。
 また先ほどのような破裂音がした。しかも今度は何発もだ。それはまるで海外のお祭りのフィナーレのようだった。爆竹を巨大な人形に巻きつけ、一気に点火する。すると爆竹は一気に破裂音を奏でるのだ。そして、人形は灰となり、役目を終える。
「……ああなります」
 見に行かなくても、わかるでしょう?冷泉院はそう付け加えた。
「わかっていただけましたか。これが、本当にプログラムで、本当に生死をかけたものなのだ、ということを」
 高瀬暁が膝を折って屈する。宗家の子である(つまり、親戚だ)優美に尻に敷かれることがほとんど日常的ではあったが、彼なりに感じるところがあったのだろう、肩を震わせていた。


「あっきー……」
 横から萩原伊吹(19番)が震える肩を抱きかかえる。それから冷泉院の仮面を鋭く睨み付け、「冗談じゃねえ!! 簡単に殺されてたまるかよ!!」と叫んだ。
「そりゃあさ、菊川はバカだったよ。クラスの副委員長のくせに仕事ぜんぜんしないし、わがままだし、調子乗ってるし。だけどあいつなりに生きてたんだよ! 菊川だけじゃなくって、西園寺も柊もそうだ!」
 声の限りを出し尽くしてもまだまだ事足りないようだった。けれど途中で声に嗚咽が混じり始め、語尾は完全に薄れた。あの銃声以来、菊川優美は姿を見せない。もう、二度と戻っては来ないのだろう。
 冷泉院は両脇に男女の軍人2名を据えた。彼らとの身長差と真紅のドレスを纏った外見を見るといかにも護られた人のように見える。薄気味悪い仮面の冷泉院は、何事も無かったかのように話を続けた。
「あなたたちの戦いはこの国の未来を左右します。がんばって戦ってください。では、このプログラムの詳細なルールを説明したいと思いますが……」冷泉院閏いったん言葉を切った。
「ここでは血のにおいがひどすぎるので、隣室に移動しましょう。ああ、無理に逃げようとすれば、ヒトがモノになるところをその目でじかに見れますよ」
 一段高くなっている教壇からそっと降りると、真紅のベレー帽につく孔雀の羽を優雅に揺らして冷泉院閏は扉から消えていった。
「おらおら! さっさと移動しろ!撃ち殺すぞ!」
 名も知れぬ大柄の迷彩服の男は、右手に持つ自動拳銃を天井に向かって何発か撃った。
「……みんな、大丈夫。行こう」
 正気に戻った黒木明史が身を震わせるクラスメートに向かってやわらかく声をかけた。
「でもでもっ、このまま行ったら……部屋がバーン! とかって……いやああ!! そんなの嫌ですう!」
「大丈夫だ、とにかくここは言うとおりにしよう」
 恐怖がさらに藤堂花子(16番)の悲観主義に拍車をかけたようだ。彼女をなだめるように明史は目を細めて笑う。


 「フフフ……だったら早く行かなきゃ。蜂の巣にされるのは嫌でしょ……? それに、あの人すごい怒ってるように見えるし」
 里見香春(11番)が一人ふらふらと歩き始めた。扉の前辺りまで歩き、誰も後に続かないのを見て「来ないの?」と首をかしげる。
「待てよ、香春!」
 栗原壱花(05番)が慌てながら立ち上がった。それにつられ、壱花と仲がいい同じソフトボール部の桜庭妃奈(09番)や、穂高いづみ(23番)も立ち上がって後を追う。その後、人々は断続的に立ち上がり、隣の部屋へと移動した。



 隣室も、先ほどいた部屋と同じつくりであった。こちらにも椅子や机などのものは無く、ただ黒板の前に教壇と教卓が置かれているだけの質素なつくりであった。生徒たちが後ろ側のドアから入ってくるのを、両手に拳銃をもった大柄の男が監視し、もう一人の女子プロレスラーのような女性は、大きな網棚を担いで前の扉から入ってきた。
 教室内は氷のようだった。エアコンによる冷暖房完備が当たり前の教室でぬくぬくと生活してきた彼らにとって、ストーブなどの暖房機が無い教室の寒さは、棘のように鋭く肌を貫いた。まだ2月の中旬であり、一年で最も冷え込む時期だ。バスに乗ったままの格好(つまり、学生服のみ)でこの寒さを耐え切ることなどできないのは至極当然で、何名かの生徒は歯を鳴らしながら震えた。
「寒いですか? 今、ストーブを持ってこさせますね。それから皆さん、この網棚に入っているのは皆さんの私物です。バスから皆さんを隣の部屋に連れてくる際にすべて荷物は回収したつもりです。コートなどもありますので、ご自由にどうぞ」
 女性兵士は網棚を教室の後ろ半分で固まっている生徒のところまで持っていった。さすがに西園寺湊斗の首を片手でひねりつぶしただけあって、その腕の太さはパワーリフティング選手同様かもしくはそれ以上だった。彼女の目に留まれば自分の首も絞められる――生徒たちは彼女が網棚から離れてからおいおい荷物を確認し始めた。
 何人かは友人の死に愕然としていたが、残った21人でどうにかするより他は無く、けれどどういう言葉をかけていいのかわからずに微妙な気持ちの雰囲気に包まれた。
 がたん、と乱暴な音がして、液体の揺れる音がする。それが古いストーブが運ばれ、電源が入れられたのだと気づくまで時間はかからなかった。部屋が暖まるには長くかかりそうな小さなストーブが4つ、教室の四隅に置かれた。
「では、プログラムの説明を開始しますので、皆さんもう少し前のほうに来てください」
 誰もその命令には従わなかった。
「これからお話しするルールはあなたたちの命の危険性を左右します。私はこの声の大きさで説明しますよ。聞こえなかった、聞いていなかったはナシです。それでも前に来ないのですか?」
 教室の後ろのほうで身を寄せて固まる生徒を見て、仮面の女は問いかけた。反応が返ってこないので肯定と認識し、説明を続けた。


「では、改めましてプログラムのルールを説明します。今からいくつかの項目を説明しますので、質問は項目ごとに最後に受け付けます。話の途中の質問は認めません」
 女性兵士が手を組んで骨を鳴らした。彼女の言葉をさえぎったものには容赦ないらしい。
「これは高校生に対する特別プログラムです。皆さんも理不尽に思われるかもしれないので、極力質問や要望にはこたえましょう」冷泉院が言い切った後にすぐ手が挙がった。黒木明史だった。彼は太い眉根を寄せて口を真一文字に結びながらも、積極的に向かってきた。発言を許可されて、彼は口を開く。


【残り24-3=21人】

PR
COMMENT
Name:
Title:
URL:
Message:
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Pass:

TRACKBACK
この記事にトラックバックする
| prev | top | next |
| 18 | 17 | 16 | 15 | 14 | 13 | 12 | 11 | 10 | 8 | 7 |
attention!
 もうしわけありませんが、このブログは一気に読みたい方に不親切な設計となっています。
 各ストーリー末にあるprevやnextは使わないようにして、右カラムのカテゴリから逐一ストーリーを選んでいただくことになってしまいます。
 お手数をおかけし誠に申し訳ございません。

忍者ブログ  [PR]
  /  Design by Lenny