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こんなにも、愛しているのに
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21:2008/02/15 PM12:00

「愛する天の神様、感謝します」
政府側から支給されたバッグの中に入っていた、見るからに日持ちしそうな硬いパンと、この教会のキッチンにあったマグカップに注いだ水を前にして中村修司(17番)は手を合わせた。
「今日もこのように、日々の糧を与えてくださり感謝いたします」
最大3日間というプログラムの制限時間の中で、わずかながらだといえ、食べ物を与えられたことは何と幸せな事だろうか。これでまずは餓死と言う死に方からは逃れたと思われる。
何かを考えてただろう、少し間を置いてまた口を開いた。
「また、突然命を奪われるようなこともなく、こうして不幸の中にありながら教会に来ることができたことは、あなたの導きがあったからこそのことと思います。これから先もどうかあなたの示す道に沿って歩いていけるように、お守りください。イエスキリストの名のもとに感謝します、アーメン」


数秒の沈黙のうちに修司は頭を上げた。カトリック様式に建設された、D-02に位置するこの小さな教会は、通常の一般人が結婚式と結びつけてイメージするそれと同じであった。
地図でいう02のラインを南北に走る静岡県道から少し奥まったところにある。都心にあるような有名なチャペルとは様式が異なるが、屋根の上に十字架の印が付いているのでその建物が教会であったことはよくわかった。小学校からここに来るまでは、これまた南北に横たわる川を渡らなければいけないため、大きく迂回せざるをえなかった。不慣れな土地であるため地図を良く見て歩き、上田大橋を通ってここまでたどり着いたときは、小学校を出発してから1時間以上が経過していた。

住宅と駐車場に挟まれ、近くには幼稚園もあるこの教会は、入り口からまっすぐ聖壇までのびる赤いビロードの敷かれた小径を持ち、それを挟むかのように木の椅子が並ぶ。正面の聖壇には磔刑の十字架が掲げられ、南中少し前の日光がステンドグラス越しに鮮やかに教会内を彩っていた。
その赤やオレンジの光は修司の長いまつげに影を作り、背後にはその身長を如実に表す短い影を作っている。女子と似た深緑色の詰め襟はやや明るく光に照らされて、修司の姿はまるで夕日を遠望に見ている少年のようだった。

少し、心もとない。
彼は元はと言えばプロテスタント系クリスチャンで、通っていた教会もこのようなチャペルのあるところではなく、3階建ての事務所のようなビルの中にある教会だった。それでも長く続いてきた伝統あるプロテスタント系教会なので、一日に4回の礼拝があり、小学生から大人まで数多くの年齢別セルにも分かれていた。
そんなわけであるからして、このような豪奢な作りの教会は不慣れである。幼少の頃からの福音の教えが修司の中で根づいているので、聖母マリアを通して祈ることもむずがゆいような違和感を覚える。聖堂の中央でステンドグラスの煌々とした光を浴びる聖母マリア像に監視されているような心もとなさだった。

パンに手を伸ばして小さくちぎり口に運ぶ。するとたちまち飽食の世から突如飢餓の世界に突き落とされた気持ちになる。このパン一口一口に対して感謝の気持ちが溢れ出す間欠泉のように沸き上がるのもしようがない。彼はパン一口に唾液を湿らせてゆっくりとパンを飲み込んだ。 ああ、飢えるものは幸せだと書いたのはルカだっただろうか。


人は、パンのみに生きているのではない――食事をしながら彼はこれからどうするべきかを考えた。
出発地点となったD-08の小学校を2番目に出発した。警戒心をほどほどに(1番目に出発したのは気弱な藤堂花子(16番)なので、修司は少し安心したのは事実だ――ごめんね、藤堂さん)、しかし彼の大きな目はまっすぐに目的地へ向けられていた。彼にはこの教会で待つべき人がいたのだ。

――しーちゃん、早く来るといいな……。 
修司は支給されたパンを片手に、憂いの表情を浮かべた。あの小学校を出発するとき、とっさに幼稚舎からの幼なじみの塚本雫(15番)に「教会で待ってる」と耳打ちしてきた。彼女の番は最後である。一人2分のインターバルを置いたとして、雫は修司の38分後に出発することになるのだ。誰がどんな気持ちでいるかも分からない状況で学校の近くに40分近く待機することはリスクが高い。だから修司は別の待ち合わせ場所を伝えたのだ。
よくよく考えてみれば、今はたった一人しか生き残れない状況。落ち合う約束などしても、殺されに行くようなものだと考えるに違いない。もし自分がとっさにそんなことをささやかれたら……いや、自分なら信じたと思うが、他の人なら信じないかもしれない。彼女の返事も聞かずに飛び出してきたことを後悔した。

しーちゃんは、本当に来るだろうか――視線を虚空へずらすと、聖母マリア像と目があったような気がした。

殺し合いに参加するなど言語道断である。ただ、あれを最後にしたくはなかった。
どうしても彼女に伝えたいことがあった。幼等部(幼稚園のことだ)で知り合い、初等部でも何度か同じクラスになり、クラス分けが成績順となる中等部、高等部ではよく同じクラスになった。男女の仲ではあるが、彼らはよく一緒にいた。お互いに友人がいないわけではないが、なにぶん3歳か4歳のときからの知り合いなので、ほとんどきょうだいのような関係であった。

思い起こせば――幼等部の時に初めて出会った彼女は、まわりから白い目で見られていた記憶が修司にはある。というのは、彼女の話はいつもちぐはぐで中身が見えてこないからだ。それは彼女が嘘をついているからだと周りが理解するには長い時間がかかったが、とにかく、雫はあまり友達と過ごす時間を持たず、いつもひとりでブロック遊びをしていた。
桜が散り、青葉が生い茂る時期のこと。先生が「ごきげんようみなさん。ゴールデンウィークにはどこに行かれましたか?」と園児たちに尋ねた。
各々が手を挙げ、口々に「北海道」、「おきなわ!」、「大阪ぁー」などと国内の地名を挙げるなか、一人だけ「ちゅうごく!」と意気揚々に答える子がいた。それが塚本雫だった。彼女はたちまち人気者になり、園児たちの尊敬の視線を一身に集めた。

当時(いや、現在もだが)この国は準鎖国状態で、海外旅行も思うままに出来なかった。なので裕福な家はひとたび休暇を手にすると競って国内のリゾート地やおのおのの別荘に行ったものであった。
「修司くんはどこに行かれました?」
休暇中に沖縄の離島に泳ぎに行ったという学友がニコニコしながら尋ねてきた。修司はすなおに「ぼくは、旅行には行かなかったよ。旅行するお金がなかったからね」と答えた。

「本当に? どこにも行かなかったの?」
質問してきた学友がばつが悪そうに押し黙っている一方で、みんなからちやほやされていた雫がずいと出てきては無粋にもそう聞いた。皮肉などではなく、単に驚きが表情に表れていた。
「はい。お父さんはきょーかいでお仕事がありますし、お母さんはぼくしさんのあつまりにいっていたので、ぼくはおるすばんしていました」
そのとき、心なしか雫の目が輝いていたような気がした。そのときから、修司と雫の会話は増えたような気がする。

成長するにつれて、修司には雫の悪い部分が見えてきた。周囲の人間に対して自分の家族のことをひた隠しにしようとするし、また自分のことを他人に誇張して売り込む癖があった。だが、不思議と修司には本当のことを話していた。実のところ家は裕福ではなく、小さな町工場を経営している。また兄や姉たちは雫が吹聴するほど有能な人たちではない。こんな自分が恥ずかしくて、いつも嘘ばかり付いてしまう――と。
本当は、自分もまわりみたいに裕福になりたい。惨めな生活は嫌だ。勉強していい会社に就職して、お金を稼いで、人並み以上のいい生活がしたい――修司はいつも繰り返し言われるその言葉たちを素直にうなずきながら聞いていた。
自分には正直に話して、見栄を張ったことを素直に後悔する雫はとても人間らしいと修司は思っていた。『シュウと話すと、ほっとする。何か肩の荷が下りた気分』と聞くたびに、少なくとも自分は雫の何らかの支えになっていられると感じることが出来る。

今までも支えになることが出来た。だから、これからも支えになりたいと思うのは当然ではないか。


そのとき突然、市内放送のような呼び出し音が窓の外から聞こえてきた。我に返った修司は何事かと窓から外を見た。
「みなさん、こんにちは。こちらはプログラム本部、冷泉院閏でございます」
エコーがかかるためゆっくりとした話し方で放送の主はそう伝えた。修司ははっと目を見開き、すぐさま腕時計を確認した。ちょうど2月15日昼の12時を迎えていた。
――そういえば禁止エリアの説明をしていたとき、12時から6時間ごとに定期的に放送を入れるといっていたっけ。

「12時の定時放送の時間です。今から申し上げることは、禁止エリア、及び現在までの進行状況です。お配り致しました地図と名簿を手元にご用意くださいませ」
修司は急いで聖壇の横に放り投げていた支給バッグを取りに行った。ビロードの赤色が冷泉院閏の真っ赤なドレスと孔雀の羽の付いたベレー帽を髣髴させる。あの気味悪い仮面も……。

「では禁止エリアを発表します。まずは出発地点となった小学校のD-08はすでに禁止エリアになっていることを忘れずに。なお、この禁止エリアはコンピューターの厳密なランダムによって抽出されていますので。皆さんは地図の該当するエリアを黒く塗りつぶすなどしてくださいね。一度しか言いませんよ。では現在から2時間後、2月15日午後2時からI-02、午後4時からH-09、午後6時からB-07です」
ゆっくりと話してくれたのでとても聞き取りやすい放送だった。修司は該当する場所を黒く塗る。この教会がある場所とは少しはなれたところに禁止エリアが出来たらしい。

「次に、進行状況ですが……まだ全員が出発してから2時間程度しか経っておりませんので、まだ生徒数に変化はありません。かわらず21人です」
それでも、もう3人も亡くなっている。あなた方の手によってだ!!
修司は強く目をつぶってあの赤にまみれた惨劇のシーンを振り払おうとした。自然とシャープペンシルを持つ指に力がこもる。
「放送は以上です。また6時間後に。ごきげんよう」
鐘の音がしてから放送は途絶えた。人の命をあんなにもやすやすと奪って見せる人が、国で雇われている人だというのだから世も末だと修司は怒り心頭の状況に居た。もとより人がそう簡単に人の命を奪ってはいけない。聖書がそういっていた。クリスチャンでなくても、“普通の人なら”それが分かる。


「彼らを……お救いください」
狂っている、と言いたかった。出来るなら、小声すら大きく響くこの教会いっぱいに響くように罵りたかった。しかし、やらなかった。修司は窓際から離れると椅子に座り、私物のバッグから手のひらサイズの本を取り出した。表紙には「新約聖書」と書いてある。口元にマフラーを巻いて、彼はページをめくった。


――僕は、しーちゃん、君を支えたいんだ。



【残り21人】






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