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こんなにも、愛しているのに
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23:2008/02/15 PM14:00
 
 
 「平野小夜子さん」と名前を呼ばれた時も、気が気ではなかった。親切な栗原壱花(05番)や桜庭妃奈(09番)などのソフトボール部グループが小さな肩を叩いて手を握った時でさえ、彼女の意識はどこか遠くの方へと消えていた。平野小夜子(22番)は、いつも同じグループとして行動していた西園寺湊斗(07番)や柊明日香(20番)をいっぺんに、しかも目の前で亡くしたので、到底正気を保てる状態ではなかったのだ。
目の前で、彼らの人生は終わった。
 
 この高校2年生対象のプログラムが施行されることに憤慨し、あの気色悪い仮面をつけた冷泉院閏(担当教官)に不満をぶちまけようと襲いかかったところに、兵士によって殺害された。
 
 
 殺害、されたのだ。
 
 
 柊明日香は高等部2年からの付き合いで、小夜子が桃組(虹組の一つ上階級のクラスだ)から「転落」してきたときに仲良くなった。ちょうど似た人種が磁石のごとくひかれ合うように、ふたりは急速に親密になっていった。明日香も小夜子もおしゃれや化粧が好きで、よく雑誌の真似をして新しい化粧品を試していた。クラスでも一番小さな小夜子にとって、スラリと伸びた明日香のミディアムヘアと長く細い足は憧れの的であった。彼女は多少つり気味の目が鋭く、親しい人以外には冷たい態度をとるが(例えば西園寺湊斗と険悪な仲の一ツ橋智也(21番)など)、小夜子には優しかった。
 
 
 
 西園寺湊斗は、小夜子が虹組に転落してきたときにはすでに明日香の恋人だった。ふたりの仲は睦まじく、いつもクールな明日香に対して湊斗は決して媚びることもなく、まるできょうだいかずっと昔から一緒にいた幼なじみのような、気の置けない関係を保っていた。彼はそれこそソトの人間にはぶっきらぼうで粗暴な態度をとるが、ウチの人間には仲間意識が働いてとても甘やかしている。彼の性格を人見知りと表現すれば容易いが、周りからは当時流行り始めた言葉を用いれば「ツンデレ」と称されていた。
 
 
 
 桃組から“転落”してきた小夜子にとって、心の拠り所は彼らだけであった。残念ながら元のクラスの桃組と現在所属する虹組は建物の階が異なる。1~3年虹組は建物の1階で、1~3年桃組は建物の2階にクラスがある。クラスが異なると男子の襟章や女子のスカーフの色が変わり、別のクラスの人が混じるとすぐにそれと分かる仕組みとなっている。あまつさえそれが「転落した」となれば恥の上塗りというわけだ。(菊花学園では、成績が全てであったため階級社会がさも当然のように浸透していた)
 
 
 
 虹組で新たな居場所を見つけられた。
 
 そして、奪われた。
 
 彼女はいつも一人ぼっちだったのに。家庭でも親は共働きで、お手伝いさんが夕食を作ってくれているが、小夜子が家に帰るときにはもう帰宅している。
 
 学校だけが楽しみだった。授業は楽しみではなかったが(好きな化学の授業以外)、一目惚れした一ツ橋智也の姿を目で追ったり、明日香や湊斗たちとお弁当をつついたりする時間がとてもいとおしかった。
 
 それも、もう無い。
 
「……明日香ぁ、湊斗ぉ!」
 
 何度もその名前を繰り返し叫んだが、もう取り返しが付かない。殺し合いなんてするはずがない、もっと、こんなバカバカしい方法よりもいい方法が……
 
 
「ない……」
 
 
 小夜子は一瞬にして血の気が引いた。
 
 プログラムというものの存在はフェイクではない。この大東亜共和国という国において何年何十年も続けられてきたもので、それによる死者は確実に出ている。小夜子の地元の知り合いの友達がプログラムによって亡くなったと聞いたとき、それは現実なのだと知った。
 
 現実を受け入れるなら、1番になるしか生き残る方法はない。だから人を殺す?いや、そんな方法で一番にはなりたくない。人を殺してまで生き残っていいような人間なのだろうか。落ちこぼれのくせに?大人になっても社会の歯車にしかならない存在のくせに?
 
 逃げて、逃げて、逃げて、最後に……?いやそれ以上に本当に生きたいのか?親友を目の前で亡くした今、本当にこのまま生きていて幸せになれるのか?
 いや、そもそも幸せってなんだろう?長く生きることが幸せなのか、多くの給料をもらってお金持ちになることが幸せなのか、それとも――
 
 
 
 
「捕まえた」
 
 一般道路をうつむきながらとぼとぼ歩いていた小夜子の背後から、突然声がした。刹那、首に蛇のように冷たい何かが巻きつく。居場所の把握と禁止エリアや制限時間の制約を破った時の制裁のために巻かれた首輪の冷たさとは違う、何かがめり込むような――
 
 そのまま小夜子は背中に大きな衝撃を受けて、アスファルトに押し倒された。現在晴天とはいえ前日の大雨がまだアスファルトを濡らしていて、夜にそれが凍ったらしく火照る体に突き刺すように冷たさが浸透した。
 
 捕まえた、という声だけでは誰だかとっさに判断できない。背中に乗った重さはそれほど重くないが、手に込められている力は尋常ではない。苦しい、息ができない――
 
 
 
 
『死ぬ』
 
 声にならなかったが、口はそう動いた。
 
「やめて!! はなして!!」
 
 小夜子は小柄な体を左右上下に動かし暴れた。ただ、その時は恐怖心ばかりが思考の全てを埋め尽くしていて、それによって白いリボンをまいた自慢の長髪が乱れようとも全く気にしなかった。今度は小夜子のしていたファーのマフラーが引っ張られる。マフラーが首に食い込み、意識がどんどん遠のいていくのがわかる――
 
「離して!!」
 
 エビのようにぐんと腰を折ると、そのまま背後から襲ってきた人にタックルをお見舞いした。ふっとマフラーを締め付けていた力が外れる。今がチャンスだと脳から指令が下り、小夜子は振り向きもせずにただひたすらに道沿いに走っていった。運動は得意な方ではない。至って普通だ。だが今は全力で走るばかりだった。背中に背負い込んだデイバッグの中でガシャガシャと何かが当たるような音がする。
 
 
 
 
 もっと、もっと、もっと遠くへ……!!
 
 小夜子は懸命に走った。走って、走って、走って、大きな通りをまっすぐに南下した。
 
『よくわからないけど、誰かがサヨを殺そうとした』
 
 誰?!誰なの?誰がサヨを殺そうとしたの?サヨにそんなに死んでほしいの?サヨはいらない子なの?死んでもいい子なの?サヨは――
 
 
 
 ピピピピピ……
 
 聞き覚えのある電子音が聞こえた。
 ああ、これはめざましの音。きっとこれは夢だったんだ。今すぐ起きれば大丈夫、また朝がやってきて、身支度をして学校に行って、机に座って勉強して――あの日常が帰ってくる。サヨってば、ほんと悪い夢を見ちゃったね!
 
 
「つかまれチビ」
 
 乱暴に腰をつかまれるとそのまま肩に背負われた。小夜子の視界は色も方向も反転し、あっという間にウールのコートに顔を打ち付けた。“二つ”の電子音が急速に早くなる――目覚まし時計のアラームを放置し続けると音の間隔が狭くなるように。
 小夜子ははっとして小学校にクラスメート全員が集められたときのことを思い出した。自称メカ好きの結城鮎太(24番)が気にしていじっていた首輪、担当教官の冷泉院閏が実際に爆発させて見せたこの首輪は――そうだ、禁止エリアとやらに入ると爆発するんだった!――井沢望(2番)が「首輪を爆発する前には警告をよこせ」と要求したものが、この長くなる警告音を意味しているのだ。
 
首輪が爆発する。夜子の脳裏に一瞬昔に見た戦争映画のフィルムのひとかけらが現れた。手榴弾を胸に抱いた人が、ぽっかり穴が開いてしまったかのようにして散った……もし、今爆発したら?首なんてもろい器官、早々に吹き飛ぶだろう。
 
「いや!! 死にたくない!!」
 
抱えられているにもかかわらず、小夜子はなりふりかまわず暴れだした。「黙ってろまな板」という声が聞こえた。
 
 
 
 
【残り21人】
 
 

 

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 お手数をおかけし誠に申し訳ございません。

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